第23話 魔王という名の育ての父(嘘)
アデラールの気持ちを知ってから、一週間が経った。
……あれ以来、私はずーっと彼に振り回されっぱなしだ。
「フルール」
そう言って、アデラールが私の背中に抱き着いてくる。かと思えば、頭のてっぺんに口づけを落としてくる。
危ないから、料理中は近寄らないでと散々言っているのに、聞く耳を持ってくれない。
「ねぇ、いつも言っているけれど、火を使っているときは危ないから近寄ってこないで」
彼のほうに視線を向けて、そう注意をする。すると、アデラールがしょんぼりと眉を下げた。
……う、見えない尻尾があるみたいだ。
私はこの顔に、すこぶる弱い。その所為で、結局すべてを許容してしまう。
「……わかった、わかったわよ。火を使っていないときだったら、いいから」
額を押さえてそう言えば、アデラールの表情がぱぁっと明るくなった。
この顔が、私はたまらなく好き……なの、だろうな。
「じゃあ、出来た分運んでおくから。……ベリンダは、どうするの?」
「今日は一日帰ってこないって」
本日、ベリンダは魔界に帰っている。
というか、最近帰る頻度が高すぎる。ベリンダ、今週だけでもう三回目なんだけれどな……。
(気を、遣っているのよね)
ベリンダは帰るとき、決まって「いちゃらぶしててね」と言い残す。
……誰がいちゃらぶだ、誰が。だけどまぁ、気を遣ってくれることは嬉しい……の、かも?
(嬉しい?)
って、一体どういうことなのだろうか?
心の中でそう思っていると、不意に小屋の扉がノックされた。
「……誰?」
アデラールがきょとんとして、そう問いかけてくる。なので、私はアデラールにシチューを任せて、小屋の入り口に向かう。
そして、入り口の扉を開けて――。
「やぁ、フルール。久しぶり!」
バタンと、閉じた。
「さぁて、料理に戻ろうっと」
そこまで呟くと、図々しくも扉が開く。ちらりとそちらに視線を向ければ、そこにはしょぼくれた一人の男。
「悪い、悪かったって。しばらく放っておいて、悪かったって!」
男はそう言ってぺこぺこと頭を下げる。
「別に放っておいたことを怒っているわけじゃないわ」
実際、そうだ。この男に放っておかれたところで、痛くもかゆくもない。
ただ、そう。……困ったときに頼りにならず、肝心なときにいないことを怒っているのだ。
「しばらく旅に出てたんだよ~。あ、これ、お土産ね」
「どうも」
男が紙袋を差し出してくるので、私はそれを受け取る。中に入っているのは、桃のよう。……冷却魔法がかけてあるらしく、とても冷たい。
「それにしても、いい匂い。……ねぇ、食べて行ってもいい?」
「嫌よ」
端的にそう返して、部屋の中に戻ろうとする。でも、その男は私の許可なく小屋の中に入ってきた。
……普通に勘弁してほしい。不法侵入もいいところだ。
「それ、不法侵入だからね」
ちらりと彼を一瞥して、そう言う。そうすれば、彼はけらけらと笑っていた。
「大丈夫。フルールのところにしかしないから」
「それが大問題なのよ」
額を押さえて、そう呟く。
「あと今、居候がいるの」
「へぇ」
男は私の言葉にそれだけしか返さない。
「だから、あんまり長居しないでほしいんだけれど」
それだけを言って、リビングにつながる扉を開ける。……そこには、アデラールがいた。
うん、そりゃあ、いるんだけれど……。
「フルールの浮気者!」
……どうして、そうなるのかしらねぇ。
「アデラール。……この男はね」
一応説明しようとして、口を開く。でも、アデラールは目の奥を揺らしていた。……何度も言うように、私はアデラールのこの表情に弱い。とても、弱い。
「悪いけど、帰ってくれる?」
「いやいやいや! 俺、今来たところなんだけれど!?」
男をリビングから追い出そうとして、奴は抵抗する。
それどころか、私の隣をすり抜けて、アデラールのほうに寄っていく。
「初めまして、キミは、フルールの恋人?」
……単刀直入に問いかけすぎだろう。
って、そもそも恋人じゃない!
「恋人なわけ――」
「婚約者です」
そして、どうして悪化するのよ!
意味がわからなくて私が唖然としていると、男はうんうんと楽しそうに頷く。……その姿が、何処となく腹立たしい。
「初めまして、俺はクロードです。立場的には……うーん、フルールの育ての父、みたいな?」
何を自然と嘘をついているんだ。
(あんたはただの魔王でしょう!?)
そう、この男――クロードは、魔王だったり、する。
実のところ、師匠は魔界の人間とも懇意にしていた。その流れで、クロードと知り合ったのだ。
「え……」
アデラールがクロードを見つめてきょとんとしている。……そりゃそうだ。いきなり現れた不審者が育ての父だなんて名乗って、混乱しないわけがない。
「じゃあ、俺の義理の父?」
「そうそう!」
……かといって、どうしてそうなるのか。
完全に理解しがたいし、そもそも理解もしたくない。
そう思ってしまうのは、当然なのだろう。……この二人、何となくフィーリングが合うのかも……と、思って私は項垂れた。