閑話4 好きって、自覚(アデラール視点)
フルールが俺と出逢わなきゃよかったって、言っていた。
それを聞いた瞬間、俺の心は冷え切った。……あぁ、フルールも一緒だったんだ。そんな気持ちが胸中を支配して、気が付いたら小屋を飛び出していた。
(俺は、何処に行っても邪魔ものなんだ)
そう思って、近くの池に石を投げこんでいたら、フルールがやってきた。
そして、彼女の本当の気持ちを知った。その気持ちを知ったとき、俺は初めて理解した。
――俺は、フルールを愛しているんだって。
小屋に戻って、湯浴みをして。髪の毛についた土とか、全部落として。
俺は食事用の椅子に腰かけた。目の前には、病人用の食事。フルールの前にも、同じものがあった。
「フルール、調子悪かったっけ?」
きょとんとしてそう問いかければ、彼女はびくんと肩を揺らす。
「……そういうわけじゃ、ないんだけれど」
彼女が視線を逸らす。……露骨に逸らされて、ちょっと悲しい。
そんな風に眉を下げていれば、フルールは観念したように口を開いた。
「なんていうか、魔力に酔っちゃったみたいで」
「……フルールでも、酔うの?」
「そうなのよ。……心臓がなんていうか……すごく、音を鳴らしていて」
頬を仄かに赤くして、そう言うフルール。
……多分、それは魔力に酔っているんじゃない。俺を、意識しているんだよ。
なんて、言えたら楽なのに。もしもそうじゃなかったら、ただの自意識過剰な奴だし。
(言えないよなぁ……)
心の中でそう思いつつ、俺は「そっか」と口に出す。フルールは、ただこくんと首を縦に振って、食事に手を付け始めた。
だから、俺も食事に手を付ける。すっかり慣れたフルールの手料理の味。……どんなご馳走よりも、美味しく思える。
(好きな人の手料理って、こんなにも美味しいんだね)
もちろん、料理人の腕が悪いとか、そういうことを言っているわけじゃない。
ただ、フルールの料理が特別なだけ。彼女が俺のために作ってくれた。……それだけで、どんなご馳走にも勝ってしまうんだ。
「あのね、フルール」
ふと、彼女に声をかけた。彼女はびくんと肩を揺らして、スプーンをテーブルの上に落とす。
目の奥には、少し慌てたような色が宿っていた。
「……な、なに?」
こんなフルール、レアだなぁ。
なんていうか、彼女のいろいろな姿を知れて、嬉しいかも。なんて。
「ううん、呼んでみただけ」
俺がゆるゆると首を横に振ってそう言えば、フルールは露骨にほっと胸をなでおろしていた。
普段側に居る使い魔……ベリンダは、どうやら本日は別室で食事を摂っているらしかった。……気を、遣わせてしまったんだろうな。
「俺、フルールの料理、好きだよ」
そう思いつつ、俺ははっきりとそんな言葉を口にした。……フルールの目が、驚いたように見開く。
「多分、どんなご馳走よりも美味しいよ」
「……大げさ、よ」
フルールはそう言うけれど、なんていうか満更でもなさそうだった。仄かに目元が赤くて、頬がさらに赤くなる。……照れているんだ。そういうところも、どうしようもないほどに可愛い。
俺の心を、乱して止まない。
(俺は、領主に戻ってフルールを迎えに来るんだ。……フルールと結婚して、幸せになりたい)
すべてをあきらめていた俺に、手に入れたいものが出来た。
それは喜ばしいことなのかもしれない。だけど、その手に入れたいものはなかなか手に入らないもので。そのうえで、俺の心を支配する強すぎる執着心。
フルールに心を覗かれたら、終わるなぁ。と、なんてことない風に考える。
「……アデラール、は」
不意に、フルールがそう声をかけてきた。そのため、俺はきょとんとしてフルールの言葉を待つ。
「……その、年上の女性が、好きなの?」
多分、それは好奇心からの言葉だったのだろう。
……年上の女性が、好き。
(違うよなぁ……)
そう思って、俺はにっこりと笑う。……フルールが、露骨に肩を揺らしたのがわかった。
「俺は、フルールだから好きになったんだよ。年下とか、年上とか。そういうの、関係ないから」
「……そ、っか」
フルールが、いたたまれないような表情になる。
そんな表情も愛らしいなぁって思うのは、いけないことなのかな?
(そんなわけ、ないよね)
誰よりも可愛くて、誰よりも美しい。誰よりも優しくて、誰よりも俺のことを思ってくれる。
……そんな人、フルール以外いないよ。
(なんて、伝えられたらいいんだけれどね……)
今、そう言ったら。きっと、フルールは逃げ出してしまう。
それを悟っていたから、俺は自分の気持ちを口にするのは後回しにした。
いつか、俺とフルールが添い遂げられるように。俺は、頑張るんだ。そう、心に決めた。




