第22話 今、決めた
結局、それが一番だった。
私は魔女。対するアデラールは元とはいえ領主さま。そして、いずれは元の立場に戻ることを望まれている。
「私は貴族じゃない。だから、アデラールの側にはいられない」
もちろん、使用人として雇ってもらうことは出来るかもしれない。でも、私は家事だって人並みなのだ。貴族のお屋敷に仕えるには不相応というものだろう。
「いずれは別れるのに、出逢わなきゃよかった。……そう、思ったの」
胸がチクチクと痛んで、苦しくなって。この生活を手放したくないと、思ってしまった。
自分の浅はかな感情が憎たらしかった。アデラールを縛り付ける権利は、私にはないというのに。
「……ごめん。それが、事の真相なの」
震える声で、そう告げる。
アデラールはなんと反応するだろうか?
そう思って目の奥を揺らしていれば、彼が口元を緩めたのがよくわかった。
「そ、っか」
小さな声だった。けれど、何処までも安心したような。そんな、声。
「俺、フルールにとって迷惑じゃなかったんだ……」
心底嬉しそうな、声だった。
アデラールの腕が、私のことをぎゅっと抱きしめる。……とくとくと、心臓が早い音を鳴らす。
思わずごくりと息を呑んだ。
「……ごめんな、さい」
もう、謝ることしか出来なかった。
だって、勘違いとはいえアデラールを傷つけたことに変わりはない。
彼の心の傷を思えば、謝ることしか出来ないのは当然だった。
「ううん、いい。……俺が、早とちりしただけだから」
私の言葉を聞いたアデラールが、そう言ってくれる。その言葉に、ほっと胸をなでおろした。
「俺、自分でも思っている以上に、フルールのこと好きだったんだって、思った」
「……アデラール」
「ずっと、一緒に居たいって、思うくらいには」
視線を逸らした彼が、はっきりとそんな言葉を口にする。……でも、出来ない。
「……だけど」
「うん、わかってる。……フルールは、俺の側にはいてくれない」
私の言葉を聞いて、アデラールが静かに頷いた。……そう、それが全てなんだ。
「だから、俺ね、考えたの。……いつか、誰にも文句を言わせない立場になって、フルールを迎えに来る」
でも、一体彼が何を言っているのかがわからなかった。……迎えに来るって、どういう意味よ!?
「いつか、俺が領主に戻れたら。……俺は、フルールと添い遂げたい」
「ちょ、ま、待って……!」
今先ほど、これが恋愛感情じゃないって言っていたじゃない……!
そう思って混乱する私を他所に、アデラールはきょとんとしていた。彼の髪の毛に土がついている。って、今はそんなこと関係なくて……!
「これ、恋愛感情じゃないんでしょう……!?」
慌てふためいてそう言えば、アデラールはきょとんとした面持ちを崩さない。
しかし、しばらくしてふんわりと笑っていた。
「そうだよ。……でも、もしかしたら恋愛感情かもしれないじゃん」
「な、ないないない!」
そもそも、私はもう三十路が近い。貴族でもない。
こんな女を娶るなんて、周囲から絶対に文句が出るわよ!
「私は二十八なの! アデラールよりもずっと年上だし、血筋だって……!」
……血筋?
なんだろうか。胸の奥が、ツンとした。……まるで、なにか大切なことがあるような……。
(なにか、大切なことを、忘れているような……)
そう思って、眉を顰める。
けど、アデラールはそれには気が付かなかったらしい。私の身体をぎゅっと抱きしめてくるだけだ。
「俺、決めた。……絶対に領主に戻って、フルールのことを堂々と迎えに来るから」
ぎゅうぎゅうと私のことを抱きしめるアデラール。……決めたって、決めたって!
「いや、いつ決めたのよ!」
私がそう抗議をすれば、アデラールは「今!」と勢いよく答える。……やめて、私に貴族なんて出来ないから!
「貴族は無理よ!」
「じゃあ、領主夫人?」
「一緒の意味じゃない!」
意味は同じだ。領主夫人にしろ、伯爵夫人にしろ。私に務まるようなものじゃない。それだけは、よくわかる。
「結婚したら、ずっと一緒だよ」
「そ、それは、そうだけれど……」
離れることは、ない。
でも、やっぱり。……アデラールの側には、貴族の令嬢がいたほうがいい。私みたいな魔女よりも、ずっと、ずっと……。
そんなことを思っていると、頬になにか温かいものが触れる。
驚いて目を見開けば、アデラールが私の頬にちゅっと口づけていた。
「……いつか、唇にさせてね」
彼が囁くようにそう言う。
む、無理無理無理!
(口づけなんて、したことがないんですけれど!?)
そんな、いきなり口づけたいなんて言われても……私には、刺激が強すぎて。
目の奥がぐるぐるするような感覚だった。……これ、魔力に酔っただけ、よね?
(そうよ。これは、森の魔力に酔っただけ……)
……ましてや、アデラールの所為じゃない。彼が意外にも男性らしい身体つきをしていたこととか、彼にいきなり頬に口づけされたとか。そういうの……関係ないから! 関係ない、わよね?




