第20話 アデラールの気持ちと本音(1)
その言葉に、思わず息を呑んだ。
「……でも、知ってるよ。フルールはそれを望まない」
ベリンダがそう言葉を続ける。……私は、何も言えなかった。
ただ俯いて、ぎゅっと手のひらを握って。唇を噛んで。なにかを逃がすように、苦しい表情だったと思う。
「だから、ね。フルール。……どうか、自分の気持ちに素直になってよ」
素直になんて、なれるわけがないじゃないか。
だって、そうだ。……私は魔女で、アデラールは元とはいえ領主さまで。
一緒にいること自体が、奇跡のような関係。私のわがままで、アデラールをここに縛り付けることなんて……。
「……うん」
そう思うのに、私はベリンダの言葉に頷いていた。
結局、私は自分の欲望に忠実なのかもしれない。
そんなことを思って、私は自らに呆れた。
「とりあえず、アデラールを捜してくるわ」
手早く上着を羽織って、私は小屋を出ていく。……まだ、近くにいる。……近くに、いるよね?
(まずは、謝らなくちゃ。……私の言葉が、勘違いを生んでしまったから)
そう思ったら、上着を握る手に力が入った。
本当はアデラールと出逢わなきゃよかったなんて、思っていないのだ。ただ、自分のハジメテの感情に混乱して、あんなことを言ってしまっただけなのだ。……そうだ。そう、言えばいい。
アデラールは優しいから、私の言葉を信じて……くれる、と思いたい。
「……アデラールっ!」
口からは自然と彼の名前が零れた。
小屋から少し歩いて、辺りを身を見渡す。きょろきょろとしていれば、不意に近くにある池からポチャという音が聞こえてきた。
……私は、そちらに足を向ける。
「……アデラール」
そこには、アデラールがいた。彼は近くに座り込んで、池に石を投げこんでいた。
その横顔があまりにも美しくて。私は、ぼうっと見惚れてしまう。
「……アデラール」
今度は、聞こえるようにはっきりと彼の名前を呼ぶ。……彼が、私に視線を向けた。ばっちりと目が合って、気まずそうに逸らされた。
「……ごめん、すぐに、出ていくから」
多分、それはこの森からということなのだろう。
立ち上がろうとするアデラールに近づいて、私は一旦話がしたいことを伝える。……アデラールは驚きつつも、頷いてくれた。
衣服が汚れることもお構いなしに、私たちは石に腰掛けた。……少し生えた苔が、気持ち悪い。
「あのね、アデラール」
そっと彼の名前を呼ぶ。ちらりと見えたアデラールの目は、揺れていた。
「私があなたと出逢いたくなかったって、言った
そう思うのに、上手な言葉が出てこなくて。結局、私は俯いて上着を握りしめた。
「本心、なんだけれど……」
どう、続ければいい? どう続ければ、アデラールを傷つけない? 傷つけずに、私の気持ちが伝わる?
頭の中で考えがぐるぐると回って、思考回路がめちゃめちゃで。ぎゅっと唇をかみしめていれば、アデラールが近くにあった小石を拾った。
そして、そのままもう一度池に投げ込む。ポチャっという音が響いて、水面が揺れた。
「俺から、話してもいい?」
彼が、そう問いかける。ハッとして彼の横顔を見つめれば、彼の横顔はやたらと凛々しくて。
私は、頷くことしか出来なかった。だって、このまま無言でいたところで、時間の無駄だもの。
「俺ね、ずっと愛されてこなかった」
ボソッと、彼がそんな言葉を呟く。
「誰からも、必要とされてこなかった」
ただ、黙って言葉を聞く。アデラールの目は、きらきらとしていた。美しくて、まるで宝石のようだと思った。
「だから、俺は必要とされたかった。……領主として、頑張ることで、必要とされるって信じたかった」
「……アデラール」
「でも、結果はこれだった。……世の中って、理不尽だ。誰も俺のことを愛してくれなくて、必要としてくれない。心の中にそんな感情が芽生えて、消えてくれなくて」
また、彼が石を池に投げ込んだ。ポチャッという音。揺れる水面を、見つめる。
「フルールの言葉を聞いて、フルールも一緒だったんだって、思った」
「……それ、は」
「俺のことを必要としていないんだって」
違う。そう言いたかったのに、喉が震えて言葉が出てこない。わなわなと震える唇から漏れるのは、吐息だけ。
「……なんだか、ショックだったんだ」
アデラールのその言葉に、私は何も言えなかった。彼を、傷つけたんだ。否応なしに、それを思い知らされる。
私が、傷つく権利なんてないのに。傷ついたのは、アデラールなのに。
「でもね、俺、驚いた。……俺って、まだこんな感情を持っていたんだって」
なのに、そう言ったアデラールの目は言葉とは裏腹にきらきらとしていた。……美しくて、なんだか目の前で揺らめく水面みたいだ。
無意識のうちに、そう思っていた。