ガチムチ♥コスプレ同級生が気になってしょうがない女子大生メイドのヒメ♰ゴト。
面白いかどうかは抜きにして思い付いた話です。
「…………ぬぅ、本当に……俺に似合うのか?」
「動かないでください」
俺の疑問を即座に一蹴し、真剣な眼差しを向けてくる同級生の女性を前に、俺はそれ以上、何も言わない事にした。
彼女の言葉に、気圧されたワケではない。彼女のその真剣な眼差しだけで、彼女がどれだけ本気なのかを察したからである。
フッ。俺が通う大学では基本的に、無表情でいて、それ以外……と言っても彼女が怒りを覚える場面しか覚えがないのだが。
とにかくその時は、こちらが寒気を覚えるほど冷たい眼差しを向けるため、学内では『氷雪女帝』という二つ名で密かに呼ばれているような相手なので、少々覚悟をしていたのだが……こんな顔もするんだな。
いや、俺が見た限り表情筋はほんの数ミリ程度しか動いていないが……それでも大いなる変化だ。それに、その目の中にある光……普段の彼女からは考えられないほど輝いている。
なんというか、綺麗だ。
というか彼女が俺に現在している事――化粧と、俺が着る服のサイズの、最後の微調整はそれだけ彼女にとって楽しい事なのか。
おっと、言い忘れていたが彼女の名前は籠原亜耶香。
俺達が通う大学『国際星辰大学』が今日催す文化祭において、午後に開催されるコスプレコンテストに、何の因果か出場する事になってしまった、俺を始めとする多くの漢共のマネージャー的存在になってくれた女性だ。
ちなみに、なぜコスプレコンテストなるモノが我が国際星辰大学にて開催されるかというと、近年、国内で禁止され始めてしまったミスコンに代わる、盛り上がる大会をなんとか催せないかという学校関係者の思いがあったからである、
これならばミスコンではないとして、堂々と開催できる。
今やコスプレというモノは、ネットニュースなどを通じ、全国規模で注目されているモノだからな。
そして同時にコスプレならば、男女問わず気楽に参加する事もできるので、さらに多くの学生が盛り上がる事だろう。
ちなみに、俺を始めとする漢共がコスプレするのは……近年ネット上のイラスト投稿サイト『イラストピア』に、今年放映されたアニメ『乙女戦機グレンデリア』の二次ネタとして投稿され、そして最近、注目を浴び始めている『漢女戦鬼グレンデリア』のイラストのキャラのコスプレである。
ようは、アニメ作中に出てくる女性キャラを漢化させた二次ネタだ。
ちなみに余談として言っておくが、このネタ……『イラストピア』の姉妹サイトである『イラストピア辞典』にも、記事としてちゃんと存在しているネタである。
「…………はい、終わり」
俺への化粧を終え、籠原がスッと俺から離れる。
近くの鏡へと、俺が体を向けやすくするためだろう。
彼女の気遣いに感謝しつつ、俺はその鏡へと視線を移し……むぅ! こ、これはなんという!!
「「「「「おおっ」」」」」
俺が鏡に顔を向けるのと同時に、俺と同じく『漢女戦鬼グレンデリア』コスプレを、何の因果かする事になってしまった同士たる漢共――主に運動系のサークルに所属している者達が声を上げる。
そしてそんな彼らの思いは……おそらく俺が感じているモノと同じだろう。
「ほ、他のみんなのコスプレもそうなんだが……ま、まるで、絵から出てきたかのような……ッ。凄いじゃないか籠原。まさか、お前にこんな才能があったとはな。さすがはメイd――」
「それ以上の言葉は慎みなさい」
しかし俺の称賛は、途中で途切れた。
籠原が、俺の口を両手で塞いだのだ。
それも鋭い目つき……見た者を凍て付かせるようなモノではなく、かすかにだが頬を紅潮させて、少々潤み始めた目をした上での鋭い目つきを、俺に向けながら。
「何だ何だ、めい……?」
「籠原に何かあるのか、武司?」
「気になるぜよ」
「……ッ! さぁ、そろそろあなた達の番ですよ。さっさと行ったらどうですか」
しかし、その目つきは。
俺以外の漢共の質問を聞いた途端に……瞬く間に凍て付くソレへと変わった。
思わずギョッとする漢共。
しかし籠原の言う通り時間も迫っていたので、いそいそと、俺達はコスプレコンテストの舞台へと向かう。
ただし俺だけは行く前に「ありがとよ、籠原」と礼を言ってからステージへ……おっと、入場前に敢えて『乙女戦機グレンデリア』に合わせこう言っとくか。
「「「「「「いざ行かん、血戦の地へ!!」」」」」」
※
武司くん達の衣装合わせと化粧を終えると、私はすぐに……礼を言われて、熱くなった顔を誤魔化すためにも、ステージ裏から外に出て観客席へと向かう。
観客の中にいる、この大学の学生達――コスプレコンテスト出場者でもないのにコスプレをしているみんなの中に、私も混ざる。
あまり過激な服装をしない限りは、参加者以外の生徒もコスプレをしていいと、大学が許可を出したのだ。おかげで、ハロウィンの日の夜の渋谷のような騒々しい場となっていた。
いや、ハロウィンというのはお化けの格好をする日であって、アニメキャラなどのコスプレをする日ではない。なのでハロウィンとコスプレを混同する事は、ハロウィンという海外の行事に対して失礼なので、これ以上は考えないようにしよう。
「亜耶香ー! 来たよー!」
「亜耶香ちゃーん! こっちこっち!」
すると、その時だった。
私の名前を呼ぶ声がした。
そちらに目を向けると、そこにいたのは――。
「奥様、それに華怜様」
――私がハウスメイドとしてお仕えしている安斎家の奥様こと芳香様と、その娘である華怜様だった。
※
私が安斎家のメイドとして雇われたのは、中学生の時だった。
私も最初は、ちょっと厳しかったけれど、基本的には優しい両親と一緒に幸せに暮らしていた。だけど、お母さんを病気で亡くして、そしてお父さんも……仕事の関係で離れ離れになって、そして私は…………途方に暮れていた。
そんな時に、私をメイドとして雇ってくださったのが芳香様だった。
彼女は、婿養子としてやってきたご主人である悟朗様を病気で亡くされ、当時はまだ三歳だった華怜様を、使用人と協力し、そして仕事もこなしながら育てていたらしいのだが、一週間前に使用人の一人が辞めたために、代わりのメイドを探していたという。
街を彷徨っている時に起きた、奇跡的な出会いだった。
そしてその出会いは……下手をすれば、援助交際をしてでもお金を稼がなくては生きていけなかった当時の私には、地獄に垂れてきた蜘蛛の糸にも等しく……私は即座に彼女の手を取った。
当時中学生だった事もあり、そして未知の分野の仕事だったため大変ではあったものの、半年もすれば、メイド業を学業と並行してこなせるようになった。
と同時に、私の年齢の事もあるだろうか。
奥様は私をもう一人の娘のように思ってくれたのか、親がいない私のため、華怜様の学校行事とカブってしまわない限り、私が通ってた学校の、親の存在が必要な学校行事にも参加してくださるようになった。
私は幸せだった。
でも、私の心に刺さったトゲを消すにはまだ足りない。
私には……そのトゲたる、私から親を奪った存在の事を忘れる事は…………できなかったのだ。
※
『おおー。なかなか攻める、際どいコスプレでしたね解説のなーちゃん!』
『なーちゃん言うなや! それはそうと、確かにアレは際どい! 確かにコスプレイヤーの中には際どいのを着ている方もいらっしゃいますが、そんな方々に引けを取らないコスプレでした! しかも超似合ってました! でもって、まるでアニメキャラ本人がいるかのようなハイクオリティでした! 後で写メよろなのです!』
『おっと、情報によりますと次のコスプレも、二次元の世界から出てきたかのようなハイクオリティとの事です! それではさっそく登場していただきましょう! アニメ「乙女戦機グレンデリア」の……え? 二次ネタ「漢女戦鬼グレンデリア」のコスプレの…………「星辰大筋肉戦隊」のみなさんです!』
司会と解説のトークの後。
ステージ上に…………彼らは現れた。
それは、司会の方が紹介したチーム名通り……筋肉の戦隊。
この大学に入学して半月後の休日に、運命的な出会いを果たした武司くんを始めとする、運動系のサークルに入っているマッチョな漢共によって構成された即席のコスプレチームだ。
※
アレは、街中での事。
私と華怜様が、近々訪れる奥様の誕生日に渡すプレゼントを買うために、奥様に内緒で『二人で遊びに行く』と、心苦しくもありながら嘘を吐き……そして、なんとか誕生日プレゼントを買い、帰ろうとした時。
私達はビルの建設工事の現場の真下の道を通りかかって……その時、クレーンで吊られていたハズの鉄骨が…………束で落ちてきた。
私は咄嗟に、華怜様を抱きかかえるようにして護ろうとした。
私の貧弱な体じゃ……お父さんに鍛えてもらっても、あまり筋肉がつかなかった私の体じゃ護り切れるか分からないけど、それでも護らなきゃと思って――。
でも……一瞬遅れて、衝撃音と地面の震動こそ伝わってきたものの、衝撃が全然伝わってこなくて。
それで、不思議に思って、目を開けて、上の方を見てみると…………私は、運命――鉄骨から、身を挺して私達を護ってくれた武司くんに出会った。
※
大学のステージの、スピーカーから聞こえる、アニメ『乙女戦機グレンデリア』のOPソング。それに合わせて、武司くんは他の運動系サークル所属の漢共と……踊っていた。作中キャラのコスプレをしながら。しかもそのコスプレは女装でありながらも、私が、元ネタのイラストのデザインに準拠しながらも、できる限り装着者たる彼らの個性も出るよう、さり気なく、細部のデザインを変更していたりするモノで…………うん。やっぱりシュールだ。
胸筋が、背筋が、腹筋が、上腕二頭筋が、時に激しく、そして緩やかに動き、服が、ミチミチと音を立てたような気がするけど……大丈夫。絶対、大丈夫。彼らの筋肉の動きに合わせて伸縮するようなタイプの素材で作った衣装だから破れる事はない…………と思いたい。
「あーっ! 筋肉戦士だぁ!」
そしてそんな彼ら……というか、主に武司くんを見るなり、華怜様は満面の笑みを見せていた。
私達を鉄骨から、武司くんが助けてくれた時以来。
華怜様は武司くんに懐き、でもって彼を『筋肉戦士』と呼んでいる。
そんなあだ名を付けて、それでシュールな格好をしている武司くんを見て笑っていられるだなんて……なんて図太い神経をしているんだろうと正直呆れてしまう。
普通小さい子って武司くんのような、ボディビルダーみたいに筋肉ムキムキで、マッチョな人に対して恐怖を覚えるものではないだろうか。しかもしかも、そんな武司くんが、他のマッチョな漢達と一緒に踊っている。戦闘美少女モノのアニソンに合わせて。私はそのアニメを見た事こそないものの、イラストくらい、目にした事はある。そしてだからこそ余計にシュールに思えるのに……華怜様は将来、絶対大物になると思う。
いや、そのコスプレ衣装の最終調整や化粧を手伝ったりした私がそこまで言うのもなんだけど……それでも言わせてほしい。
「うん。シュールだ」
「亜耶香ちゃんも出ればよかったのに」
そして、私が本音を口にした瞬間だった。
私の会話とは噛み合わない、とんでもない事を奥様はおっしゃった。
「私の家で着ているメイド衣装で出れば一発で優勝じゃない? ウチのメイド服が物凄く似合うから、亜耶香ちゃんは絶対優勝よ!」
「僭越ながら、奥様」
さすがに私は奥様に意見した。
「仕事着をコスプレ衣装として着て……このコンテストに参加するワケにはいきません。仕事着は仕事着。コスプレ衣装はコスプレ衣装です」
「フフッ。相変わらずつれないわね」
奥様は微苦笑を見せた。
「でも私、あなたのその考え方……嫌いじゃないわ♪」
「ッ! …………ありがとうございます」
奥様にお褒めいただき、私は頭を下げた。
私は本当に、良い雇い主と出会えたと思う。
そしてこの幸せを……できるだけ長く維持していきたいと思うけど…………それでも、私の心のトゲが消えない限り、私は――。
※
「いやぁ、まさか俺達の前に出たヤツが優勝するとはなッ」
「まぁあの際どさ……優勝してもおかしくなかったのぉ」
「でも悔しいなー。ダンスレッスンとか頑張ったのに」
「いいじゃねぇか。特別賞は貰ったんだし」
「そうそう。出場した価値はあったぜ」
そして、時は流れ。
文化祭、そして後夜祭が終わり。
その後の片付けタイムさえも終わった後の事。
武司くん以外の『星辰大筋肉戦隊』のメンバーが帰るのを横目で見ながら、私は帰り支度をしていた。
必要な物を、今日ばかりは細かく確認する。
先に帰宅された奥様と華怜様の、お出かけ前の忘れ物チェック以上に細かく確認する。
なぜなら今日は、勝負の日だから。
「籠原、一緒に帰るか」
帰り支度を終えた武司くんが、声をかけてくる。
その声、そしてその顔に、私と……同級生の異性と帰る事に対する照れはない。ただただ純粋なる、誰かと一緒に帰る事に対する嬉しさのみがあった。
そんな彼を見ていて、私の中で…………緊張が高まる。
と同時に、罪悪感までもが……………………だけどもう、決めた事。
私は、いい加減に……決着をつけなければいけない。
私の中で、彼の存在が……これ以上大きくなる前に。
そうしなければ、私は……もう二度と……前を向けないから……。
※
数時間前。
「武司、お前本当に大丈夫か?」
文化祭が無事に終わった後、なぜか、籠原に一緒に帰ってくれないかとお願いをされ、そして彼女が離れた後の事だ。
俺は、小学生の時からの同級生にして、唯一無二の親友である辰彦に、いきなりそう声をかけられた。
「さっきの、籠原さんだろ? それが、いきなり一緒に帰ってくれ? また何か、あるんじゃないのか?」
「フッ。そうだとしても心配はいらんだろう」
俺は敢えて微笑んでみせた。
「俺には多くの仲間がいる。たとえその姿が見えなくてもな。そしてお前も、その仲間の一人だ。だから何があっても安心だ」
「…………仲間、ね」
辰彦は顔を赤くしながら、苦笑した。
「そう言ってくれるのは、嬉しいけどさ。でも俺は、小学生の頃にあそこまでしてくれたお前だからこそ――」
「大変だ武司くん!! 二年の隅田さんが演劇で使う小道具の下敷きになった!! 救出手伝ってくれ!!」
「なにぃ!? よし、任せろ!!」
しかし、途中で辰彦の話を聞いている場合ではなくなった。
俺は辰彦に「すまん!」と一言言ってから、すぐに声をかけてきた同級生に案内をお願いし、共に廊下を駆けた。
背後で辰彦が、また何か言っていたような気がするが……後で聞けばいい。
※
そして、その二年を無事救出し……改めて俺は籠原と一緒に下校していた。
本来ならば大学内でのチームやらサークルやらでそれぞれ、この後は打ち上げをするものであろう。だが俺以外の、コスプレコンテストをする事が決まった時点で急遽、籠原が所属している『裁縫サークル』主導で結成された『星辰大筋肉戦隊』のメンバーは、なぜか俺と籠原とは別々に帰る事になった。
まさか、俺に一緒に帰るよう頼んだ籠原に遠慮しているのか。
うぅむ、あり得る。なぜならば、彼らの中からかすかにだが「リア充が」などという台詞が聞こえたからだ。俺と籠原はそんな関係ではないのにだ。
いや、ある意味因縁深い関係かもしれないが…………とにかく、俺は籠原の誘いに乗り、彼女と一緒に下校していた。
「籠原もコスプレコンテストに出ればよかったじゃないか」
籠原が何も喋らないため、こちらから話題を振る。
こうして俺を呼んだという事は、俺に用があるという事だ。にも拘わらず話そうとしないのは、緊張しているからに違いない。だからその緊張を解くために、関係のない話からまず振ってみる事にしたのだ。
「ほら、街中で会った時に着ていたあのメイド服。アレで出れば一発で優勝間違いなしだったんじゃないか? 凄く似合っていたぞ、あのメイド服は。まさに、お前のためにあったかのような造形だった」
「……………………奥様と、同じ事を言うんですね」
伏し目がちな目で、籠原は返事をしてくれた。
「ですが、仕事着で、コスプレのイベントに出場するワケにはいきません」
「フッ。相変わらずつれないが……そういう、自分のスジを最後まで通すお前は、嫌いじゃない」
「…………ッ!!」
「まぁ、開催中お前が着ていた、確か『虹色シリーズ』とかいう乙女ゲーム? の中に出てくる魔法学校の制服もなかなか魅力的であった、が……」
次の瞬間。
俺は言葉を失った。
なぜならば、籠原が。
俺の胸へと飛び込みそして――。
――ズブリ、と。
彼女が握っていた凶刃が、俺の腹部へと食い込んだからだ。
※
私が、まだメイドとして働く前――小学生の時の事。
私は父から、日々苛酷なトレーニングを強いられていた。
なぜなら父は、当時私が住んでいた町を中心に規模を広げていた新興宗教『牛首教』の教祖様に仕えていた武闘派の側近で、私はその後継者候補だったから。
ちなみに『牛首教』とは、中東に存在したとされる、牛の頭をした神様の宗教をベースに作ったらしい宗教で、終末、どこぞの救世主が助けてくれないモノを救済してくださる大変ありがたい神様と…………父は言っていた。
そして、そんな父に育てられた私は……後に、父曰く、鍛えても鍛えても、筋肉がつかない体質だと発覚し。その事を知った直後、父は私を……『牛首教』の教祖様の普通の側近として育て上げようと考え直し……そんな時に、彼は…………武司くんは現れた。
教祖様の神秘性を…………その身一つで。筋力だけで。否定するために。
そして、教祖様の神秘性が全否定され。
ついでに言えば、トリック不明な呪術を恐れていた警察組織もようやく踏み込む事ができ…………私達信徒は散り散りになった。
父は教祖様を助けようとした。
警察官を複数人相手にしながらも。
でも、助けられなくて…………必ず奪還する事を誓ってから、私だけを連れて、その場から姿を消した。
※
そして、私が中学生になった時。
私には内緒で、父は……私達が潜伏していた田舎の、山岳地帯に……なんと武司くんを呼び出した。
かつて牛首教に入信していた、彼の友達の辰彦くんのお母さんを人質にして。
彼女は、武司くんを誘き出すための人質だった。
父曰く……『牛首教』の壊滅を経て、日本政府が認定して『日本五大特記戦力』の一人――この日本においてとても重要な存在になったという武司くんを確保し、その身柄と引き換えに教祖様を奪還するためだけの。
そして、そんな馬鹿な事を父がしている事に気付かないまま。
私は、昼ご飯の時間になっても戻らない父が気になって、それで父を捜しに外に出て……隣の山の中腹で、連続して空気の破裂音がしたのを耳にして、嫌な予感を覚えて、そして――。
――ようやく父を見つけて、そして、父は……武司くんの胸の中で、瀕死の状態で。
そしてそんな父を確保しようと、いつの間にやら父の周囲に展開していた警察官達が武司くんのいる場所に詰めかけて…………父は、逮捕された。
※
そして、私は。
潜伏先であった洞窟を放棄した。
警察は、父の家族関係を把握しているだろう。
でもってあのまま家にいれば、私を捜す警察に見つかるかもしれないから。
そして、私は。
偶然にもメイドを探していた奥様と、逃げた先の都会で出会って、そして――。
※
「か、籠原……ッ」
籠原が仕掛けた、まさかの凶行。
俺を殺すためだけに仕掛けたその凶行により腹を刺され、俺は――。
「……生憎、ナイフ如きで俺は殺せんッ」
――筋力だけで、その刃を押さえ付け……刃がそれ以上、体内に入らないようにした。
名付けて、真剣肉刃取り。
『牛首教』の教祖の神秘性の一つである、刺されても死なない、という埒外事象を否定するためだけに習得した奥義である。
そして、それを以てして刃を止めた俺は……すぐに籠原を、そのナイフごと俺の体から引き剥がした。
「というか、なに馬鹿な事をしているんだ!?」
刺された痛みに耐えながら、筋肉の圧力を以てして傷口をかろうじて塞いでいる俺は籠原に言う。
すると、彼女は……俯いて、その……焦点が合っていない両目から、多くの涙を流しながら「だったら……だったらどうすれば、よかったんですか……」と、普段の彼女からは考えられない、弱々しい声を発して……続けて、こう言った。
「わた、しは……父様に、戦う……術、しか……やられたら、その仇を、討つ……のが……私に、課せられた……役割なんですよ……?
そんな私に、これ以上……何をしろって、言うんですか……? 私には……私、にはもう……父様から教わった、その……教え、しか、ないのに……」
ッ!! やはり、俺を刺してきたところからして、俺の正体を分かってて刺したんだな。いや、それ以前に……こ、これは……まさか彼女は父親に洗脳されて!?
「…………鉄骨から、私と、華怜様を……護ってくれた、あの日から……あなたの存在、が…………大きく、なっていって……そんな、中で……私は、どう、すれば…………よかった、のですか…………?」
…………クソッタレが。
実の娘に、そこまで深い洗脳を施すだなんて。
いや、俺が戦った……俺とほぼ同等の実力者も。下手をすれば俺がやられていたかもしれないほどの実力を持っていた、彼女の父親もまさか……教祖からそう洗脳されてたのか。
どっちにしろ……ヒトの思いを踏み躙るとは……ゆ゛る゛ぜん゛ッ!!!!
しかしその父親は、そして教祖はすでにブタ箱の中で。
俺は胸の内に湧いたこの怒りを、どこへ向けたらいいのか分からず、ただただ顔を怒りで歪ませるしかなかった……その時だった。
「動くな!! 籠原亜耶香!!」
聞き覚えがあり過ぎる声――俺が、籠原の父親と相対したあの日にも聞いた声が聞こえてきた。
「お前を傷害罪の現行犯で逮捕する!!」
『牛首教』関連の事件の、担当者であった……御門刑事の声だ。
彼はすぐに、俺と籠原のそばへ近寄ると、すぐに籠原の両手に手錠をかけた。
「ッ!! 御門のおやっさん!!」
「安心しろ。悪いようにはしねぇ。ただ、父親のかけた洗脳を解くための、カウンセラー以外の人と会えないような生活が待っているけどな」
そしておやっさんはそれだけ言うと……すぐ近くに駐車していた、覆面パトカーへと、籠原を連行した。
籠原は、何も抵抗しなかった。
父親から受けた洗脳、そして親しくなってしまった俺を刺した衝撃のあまり……焦点が合わなくなった両目から、涙を流し続けながら……放心状態で。
そしてそんな彼女が、警察に連れていかれるのをただただ見送って……。
「辰彦、いるんだろう?」
「相変わらず、気配察知能力高いな武司は」
近くの電柱の陰に隠れてる辰彦に声をかけた。
すると彼は、素直にそこから出てきてくれて。
「まさか、お前が御門のおやっさんを呼んだのか?」
気になる質問を、一応してみた。
お前が…………『牛首教』を事実上の壊滅に追い込んで以来、その残党に今も命を狙われ続けている俺を、壊滅に追い込む手伝いをしてほしいと俺に頼んだが故に心配しているお前が、この場にいて、そして事件担当者だった御門のおやっさんがいつの間にやら近くで控えていたんだ。
因果関係がないとは思えぬ。
「いや、違う」
すると辰彦は即座にそう返した。
「というか、俺の頼みを聞いたせいで『日本五大特記戦力』の一人に認定されたんだから、こうなる可能性も…………常に政府機関に監視される可能性くらい、あるだろう?」
「……フッ。そういう事か」
辰彦の言葉を聞いて、俺は全てを理解した。
なるほどな。確かにそう言われるとそうかもしれん。
だが、それならそれで。
――なぜ、籠原の凶行を止める手段を前もって講じなかったんだ?
俺の場合は、最後まで籠原を信じたくて……敢えて手を出さなかった。
だが俺と同じく、俺とは違って犯罪者には容赦しない方針の警察組織も、籠原の正体を……名字からして、分かっていたハズだ。
なのになぜ……何もしなかった?
まさか、とは思うが。
俺がどう出るかの様子見をしていた、とでも言うのか……?
「フッ。だとしたら」
――場合によっては、政府とも戦わねばならないかもしれんな。
まさかの事実を知って。そして籠原が俺に向けていた感情――愛憎の念を、俺を刺すあの前後に感じ取った事を思い返し。なんとも言えない思いに駆られながらも俺は……そう覚悟した。