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03 インキュバス・ロード

 

 俺、夢乃は淫魔(インキュバス)である。


 古代ローマ神話とキリスト教に出てくる下級の悪魔で、夢の中に現れて性交を行うと言われている。

 ラテン語の「のしかかる」という意味が名前の由来とされていて、男夢魔とも呼ばれる。女夢魔、サキュバスの対となる存在だ。

 自分と性交したくてたまらなくさせるために、襲われる人の理想の異性像で、服を着ず下半身は裸で現れ、その誘惑を拒否することは非常に困難だった。

 人の形態をとるだけでなく、標的となった人間の寝室にはコウモリに化けて侵入するともされている。ただし、これらの姿を変える能力を剥がした正体は醜い怪物とも語られている。


 ヨーロッパのある地方では「枕元に牛乳があると、サキュバスはそれを精液と間違えて持ってゆく」と言われ、悪魔除けに小皿一杯の牛乳を枕元に置いて眠るという風習があった。

 ルネサンス時代には「インキュバスは実際に女性を妊娠させるのか?」という議論が真面目に行われていた。

 ちなみに当時のキリスト教の教義では婚前の性交渉はタブーとされていたため、女性が望まぬ子供を孕んだときには「インキュバスの仕業だ」とされて、不義密通の言い訳として大変役立ったようだ。



 と、人間の間で噂され(Wikiにのっ)ている情報はこんなもんだ。

 その正体はそれらの噂が元となり具現化した悪魔である。


 発祥は16世紀ロンドン。

 その時に生まれたインキュバスは1万人との関係を持ち、1万人の子を産ませた。

 子は人間、インキュバス、サキュバス、ナイトメアなどの様々な性質をもつが、基本的には人間で悪魔が生まれる事はごく稀だった。


 その中でも最初の個体の特色を色濃く受け継いだ者は(ロード)と呼ばれ、インキュバスから崇め奉られてきた。

 超イケメン、もしくは女のような顔をしているインキュバスだが、(ロード)はその中でも特に美形とされていて、異性同性問わず魅了するような顔立ちになっている。

 ごくごくごく稀に生まれるそれは、他の悪魔たちと隔絶した力を持っていた。



 俺こそがその淫魔王(インキュバスロード)だ。







「つまり夢乃くんは、とーってもエッチだってことね」

「俺の話、聞いてた?」


 そんな結論に至るとは、(はなは)だ遺憾である。

 とーってもエッチじゃなくてとーーーーってもエッチだ。間違えないでほしい。


 エイレネとの情交を済ませた俺は、木を背もたれに地面にへたりこんでいた。

 淫魔はヤる時はプロレスラーばりのパワーを発揮する事ができるが、いざコトが終わると反動で疲れてしまうという弱点がある。

 パワーの前借りをしているわけだ。エナドリみたいだね。


「エイレネは元気だなぁ」

「私、あんな経験初めてだったから今すごく気分がいいの! そんな私に比べて夢乃くんは情けないね」

「うるせー」


 普通、淫魔の絶技を受けた者は老若男女問わず腰が抜けて立てなくなる。

 今まで受けた事がない快楽に、足が言う事を聞かなくなってしまうからだ。

 経験人数が1000人を超えると豪語する風俗嬢も産まれたての子鹿のようにしてしまうほどの快感が体を駆け巡る。


 それなのに、エイレネは元気だ。異常だ。

 もしかして悪魔に連なる者なのだろうか。

 俺は今まで親を除けば自分以外の悪魔に会った事がないからちゃんとした判断は下せないけど、悪魔だとちょっと嬉しいかも。

 同族嫌悪という言葉はあるが、今回はそれに当てはまらなかったらしい。むしろ同気相求?


「エイレネは……悪魔なのか?」

「え、違うけど?」


 全然違った。


「えー……マジか。俺とヤってピンピンしてる奴なんて初めて見たんだけどな。本当に人間?」


 そう言うと、エイレネは意味ありげな微笑をたたえている。

 ネタバレを堪えている時のような顔だ。俺の友人が映画見に行った時こんな顔してた。

 結局、うっかりネタバレされて喧嘩になったのは苦い思い出だ。

 エイレネはもったいぶる様子もなく、至極当然といった様子で話はじめた。


「隠してたわけじゃないけど、私は───」


 バキッと音を立てて太い木の枝が折れた。

 エイレネは気を取り直して言う。


「私は───」


 ドスッと音を立てて大きな岩が飛んできた。

 エイレネは気を取り直して言う。


「私は───」


 バキッと音を立てて地面が割れた。

 エイレネは……流石に堪えきれず叫び出す。


「もう、エウノミアお姉様ったら!」


 虚空を睨みつけながら、エイレネは俺以外の誰かに聞かせるかのように声をあげる。周りには誰もいないというのに。

 え……怖い、誰と喋ってるの……?


「はぁ、しょうがないね……私は、人間よ」


 エイレネは気だるげにそう呟いた。


 いや、絶対嘘ですやん。

 明らかになんかの力が働いてましたやん。

 踏み込んでいい事情なのか、そうでないのか俺の少ない人生経験では判断がつかない。

 Hey Siri、目の前の女の子が人間じゃないみたいなんだけど!?


 とはいえ、エイレネはどこからどう見てもただの美少女だ。

 悪魔ではないという彼女の言を信じるならば、一体なんなんだろうか。

 人間以外の種族……天使? 天使級に可愛いし。

 そんな思考は、エイレネの提案によって途切れた。


「とにかく、この島の情報について調べよっか。雨風を凌げる場所は欲しいしねー。夢乃くん、足腰は大丈夫そう?」

「あぁ、もう平気。お腹もいっぱいになったし大丈夫だよ」


 淫魔の食事は性行為だ。

 ご飯はあくまで嗜好品であって、必需品ではない。

 デスゲームにおいて平和に性行為できる相手と会えたのは、一番の幸運と言っていいだろう。

 幸運ならばデスゲームに巻き込まれないだろという反論は置いといて。


 島の散策。

 情報というのは大事だ。

 単体では役に立たないが、組み合わせれば100万の敵を殲滅できるほどの力を持っているのが情報だ。軍記物のラノベとソシャゲで俺はそう学んだ。

 完全なる無人島なのか、元々人が住んでいた島なのか、可能性は低いだろうが今も人が住んでいるのか……それが知れるだけでこちらの取れる選択肢は変わってくる。

 俺はともかくエイレネには食事が必要だろう……たぶん。


「まずは島の外周部から調べよっか」

「一時的に住める場所を探すんだろ? だったら内部から調べてった方が可能性は高そうじゃないか?」

「夢乃くんはサバイバルできるの? 初心者が森歩きしても危険なだけだと思うなぁ」

「ぐ、確かに」


 島の中心部は鬱蒼とした森だ。

 蛇がいるかもしれないし、危険な虫がいるかもしれないし、毒草があるかもしれない。

 そんな中をTシャツとスニーカーで踏破せんとするのは無謀なのかもしれない。森舐めすぎかな。


 廃屋があればいいが、無ければ洞窟のようなものに身を潜める事になるだろう。

 波風による侵食で崖に形成された洞窟、海蝕洞ならば危険な生物がいる可能性は低くなるんじゃないだろうか。知らんけど。

 海水を濾過する方法があれば水にも困らないしな。


「うっひゃー、ここ高いなぁ」


 砂浜に沿って歩いていると、段々と勾配が急になってきて山登りの様相を呈してきた。

 山は富士山登った事があるから多少はいけるぞ。8合目で高山病にかかったけど。


 目算で高さ10メートル。ビルでいう3階くらいの高さの崖の頂上に俺とエイレネは立っていた。

 高所恐怖症だったら発狂しそうな高さだ。

 俺たちはどちらも高いところに耐性があるようで、慎重に下を眺めていた。


 なぜ、わざわざそんな危険な真似をするかというと……


「ボートだ」

「結構古い木製のボートだけど、人がいた事の証明にはなるね」


 崖の下、そこに人工物があったからだ。

 漂着物ではなく、明らかに人間が乗って使っていたものだ。

 一艘しか見当たらないので、集団か個人かは特定できないが、それでも人由来の何かが存在する事に安堵している自分がいる。

 この調子で家も見つかればいいんだどなぁ。


「んー? ボートの上に何か乗ってない?」

「あんな遠くじゃ見えないだろ……」

「いや、ほらあそこ───」


 ズルッ


 エイレネが身を乗り出すと脆くなっていた地面が滑り、その身体を高さ10メートルの高さから身を投げた。

 危険、事故、死亡、血、ミス、不注意。

 一瞬の内に様々な言葉が脳内を駆け回る。


「エイレネー!!!」


 叫びも虚しく、ゴキャと鈍く湿った音を立ててエイレネの体と地面が衝突する。

 自然と頭から落ちる形になったエイレネ……その死体は頭から紅蓮の花を咲かせたかのようだった。

 人は、あっけなく死ぬ。

 その事が証明されたかのような一幕だった。


「よいしょっと」


 ごく短い付き合いだったが、それでも情が湧くには十分な時間で───


「ってあれ!? 生きて……る?」


 鮮血の跡も、落下の跡もデリートしたかのような出会った頃と同じ格好をしたエイレネが隣に立っていた。

 死亡した、もしくは死亡するほどの大ケガを負っていたのは素人目にも分かったというのに。


「あ、夢乃くんは死んだら死ぬんだっけ?」


 何を当たり前の事を。

 と、言いかけてやめた。

 エイレネにとっては死んでも死なないのが当たり前なのだ。

 そう思わせるような口調だった。


「エイレネ、君は一体……?」

「私は───」


 ブォンと強風が吹き荒れる。

 何がとは言わないが白だった。


「今度はディケお姉様? しょうがないわね」


 エイレネはまたも虚空に向かって喋りかけていた。

 そして、向き直る。


「私は、人間よ」



 ……いや、絶対嘘ですやん!


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