02 平和に行こう
俺は20歳、平凡な大学生。
殺しのライセンスは持っていない。
誰も殺したくないし、殺されたくない。
「これは大前提だ」
俺の中でルールを決める。
殺人ってのは精神衛生において良くないことは歴史が証明している。
それに腕っぷしは並以下だ。
この前も中学生と肩がぶつかって、俺だけ転んだのを覚えている。
ん?
そういえばデスゲームと言ったって、どう殺すんだ?
その辺の石や棒でも拾って殴り合うのか?
そんな原始的な戦いのどこが面白いというのだろう。
ボクシングの方が遥かに見てて楽しいと思う。
YouTubeとかでも人気だし。
いや、逆に需要があるのか?
戦車どころか無人航空機で戦争する時代なのに、野蛮すぎてワロタ。
石器時代かよウケる。
みたいな感じ。
想像したらイラッとした。
そんな悪趣味な奴らに見られているのかと思うと、シンプルに嫌だ。
とはいえ、俺に対抗手段はない。
柔道とか空手とか、武術の嗜みはゼロ。
実はめちゃくちゃサバイバル知識豊富で、船やイカダでも作って大脱出! なんて事もできない。
デスゲーム運営側っぽい奴は『体内に埋め込まれた爆弾が───』とか言ってたし、逃亡や敵対行動の姿勢をとれば即爆殺ってパターンもありえそう。
流石に爆弾なんて無いって可能性に賭けるのは怖いし。
脱出する事もできない。
戦闘する事もできない。
うーん、結構やばくない?
他の参加者の考えも気になる。
もし「ヒャッハー! とりあえず殺すぜ!」みたいな思想の持ち主がいたら危険極まりない。そうなったらこちらも「ヒャッハー! 死ぬぜ!」と言うしかないわけだ。
相手、もしくは敵の出方がわからない以上、しばらくは逃げ回って慎ましく生き延びるしか───
「おっ、可愛い子はっけーん!」
「ヒエッ……」
考え事をしていると、数メートル後ろに女の子が立っていた。
にこやかな表情とは裏腹に、手にはどこで入手したのか刃物を持っている。
あ、死ぬかも。
「よかった〜。煙が上がってたところをいくつか回ってたんだけど、もうみんなどこかに行っちゃったみたいで……こうして人間と会えるなんて嬉しい!」
「そ、そうだね。とりあえず刃物を仕舞ってくれる?」
「やだ、私ったらサバイバルナイフ持ったまんまだったのね! ごめんなさい!」
女の子は恥ずかしそうに刃物をパッと手放す。
地面をバターかなにかだと勘違いしているようにサクッと突き刺さる刃物を見て、動悸が止まらない。
「自己紹介がまだだったね。私は【エイレネ】! ギリシャ出身で今は日本に住んでるの。あなたのお名前は?」
女の子はエイレネと名乗った。
出身国を言われてもピンと来る情報は持ち合わせていなかったが、外国人だというのはその顔立ちですぐにわかった。歳は16くらいだろうか。
ウェーブのかかったダークブロンドがとてもよく似合っていて、女性雑誌の表紙を飾っていてもおかしくない美しさである。
カッコイイとも形容されそうな見た目だ。
でも、その表情は出会った時から常にニコニコと笑みを浮かべており愛嬌がある。
ざっくり言うなら愛され系美人。
性格の良さそうな話し方とその笑顔で、デスゲーム中だというのにほんわかとした空気が流れる。
もっと緊張した場になると思っていたのに拍子抜けだ。
ただ、一つハッキリさせないといけない事がある。
「俺は【夢乃】っていうんだ。日本生まれ日本住みの大学生。ところでエイレネはその……サバイバルナイフ? はどこで手に入れたんだ?」
「えっとね、これは“ファン”から貰ったの!」
「ファン……?」
エイレネから説明を受ける。
ふわふわとした喋り方だったが、内容の要点をまとめる。
「───つまり、『推し』対する『プレゼント』ってわけか。このデスゲームを見てる連中からの」
「そんな感じ……なのかな? 急にフワ〜ってちっちゃな飛行機が飛んできて、これを置いてったの! 『サバイバルナイフです。これで頑張って殺してください。応援してます。 ファンより』ってメモ付きで!」
「嫌なファンだな」
仕組みはわかった。
ゲームを盛り上げるための機能として、参加者へアイテムを渡すことが可能だという。
おそらく運営が考えた収益モデルの一つなんだろう。
参加者は便利なアイテムが貰えてハッピー。
視聴者は推しの活躍が見れてハッピー。
運営はお金が貰えてハッピー。
そんなところだろうか。
考え方としてはスーパーチャットやビッツ、エールなどといった投げ銭に近い。
今日の寝床にも困る俺からしたら、是非とも活用したい制度である。
寝袋とか送ってくれないだろうか。
「俺はまだ来てないな。つまりファンが付いてないってことか」
「えぇ〜、夢乃ちゃん可愛いのになぁ」
「可愛いっつったって、男ならしょうがないだろ」
場が固まった。
「……え?」
「……ん?」
エイレネは混乱が隠せないといった様子で目を瞬かせる。
「そっか、よく女に勘違いされるんだ」
「えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!? 」
その悲痛な叫びは乾いた空に響き渡った。
視聴者にも、近くにいた誰かにも。
俺───夢乃の見た目は完璧な美少女だ。
しかし正真正銘性別も男であり、性別も男である。
なんなら今朝も家に住み着いてた女と一発ヤってから外出した。
全人類が嫉妬するような容姿。
それは俺の実家が関係しているのだが、初対面の人間は知る由もない。
「ちょ、エイレネ? 声がデカいよ」
「艶やかな黒髪、パッチリと開いた目、つい抱きしめたくなるような身長、透き通るような声、そしてなにより……その可愛い顔! どこからどう見ても女の子だよ!?」
俺は興奮気味な美少女に詰め寄られる。
普段なら嬉しいシチュエーションだけど、生憎と今はデスゲーム中だ。
なんらかの方法でワンチャン殺されるかもしれないと考えると、わりと動じないタイプの俺でも背筋がゾクッと冷える。
短い間柄ながらエイレネに限ってそんなことはないとは思う。
けれど、他の参加者が急に襲ってくるなんてケースも考えられる。
「ハッ! もしかして心は男の子ってやつ? 私、失礼なことしちゃった……?」
「エイレネ? おーい」
「……っ! なんでもないよ。そうだね、夢乃ちゃんは男の子だね」
「絶対伝わってないな」
ここに壮大な誤解が生まれた。
でも色々と勘違いされる事は慣れているので放置しておく。
自己紹介のフェーズは終わった。
今必要になるのは建設的な話し合いであり、そしてこれからの方針を決めるべきだ。
エイレネに敵意がないことは今のやり取りでなんとなく伝わった。
1人より2人。こそこそとソロで逃げ回るよりは遥かに生存確率が高まるだろう。
まさにこの瞬間にも、俺たちは誰かに狙われているかもしれない。
「大丈夫。私のお父さんはちょっと前に男の子とエッチした事あるし、理解はある方だよ!」
「ねぇ待って、それはただの浮気だよね?」
やっぱもう少し自己紹介が必要らしい。
そんな最低クズ野郎と同列に扱われると、流石に世間体を気にしだしてしまう。
そんなお父さん嫌すぎない?
特別な家庭でもなければ、普通に犯罪行為だ。
……どうやらわからせる必要があるらしい。
グーグーと音が鳴る。
お腹が減った。
有名な話として、生物は命の恐怖により生存本能が刺激されるという。
拉致、謎のアナウンス、デスゲーム、爆発、刃物持ち美少女などなど。
度重なる心労や危機によって、俺は生存本能が刺激されまくった状態だ。
多少、食欲が暴走してもしょうがない。
「あはは、夢乃ちゃんすごいお腹鳴ってる! そうだねー私はいいとして、そろそろなにか食べられるものを探さないと」
「───エイレネ、信じてないでしょ? 俺が男だって」
「ちょ、何やって……!?」
疑うエイレネに見せつけるように、見てくれと言わんばかりの動作でズボンを脱いだ。