あのこ
三題噺もどき―ひゃくじゅうなな。
※伝わりづらいと思いますが、首吊り表現アリ※
お題:握り返された手・眼鏡・明確な言葉
遮光カーテンの隙間から、小さく光が差し込んでいた。
今はその小さな光にさえ馬鹿にされているように思えてならない。
―お前の放った軽率な、口をついて出た言葉の結果がこれだ、と言われているようだった。
―お前に見せつけるために、わざわざ光を入れているのだ、現実を見て理解して後悔して懺悔しろ、と。
「……、」
その光以外は、すべてが闇に包まれている部屋に。
何をすることもできずに、ただ茫然と、座り込んでいる。
やらないといけない事はたくさんあるのに、目の前に広がる光景が、原因が自分だと分かっている以上、分かりきってしまっている以上、恐怖と後悔で動くことができない。
私が社会的に殺されてしまう恐怖と、自らが放った言葉の結果起きたことへの後悔。
どちらを優先すべきかなんて、考えるまでもないのに、動けない。
恐怖が勝ってしまって、そんな自分に嫌気がさしてきた。
後悔だって、ただの保身でしかなくて、自分の身可愛さに、反省してるなんて安易な言葉で終わらせるためのものでしかない。
「……、」
それと同時に、自分の人間臭さに、安堵している自分もいたのである。
昔から、人の心がないだとか、なぜわかってくれないのだとか、お前は人間らしくないだとか、さんざんそんなことを言われていたから。
確かに他人の心に興味なかった。
他人の思考など分かりそうにもなかった。
周囲の人間から見れば、ずれていると思われても仕方ないと思っていた。
しかしそれでも、私は人間であると、今、ここに証明されているようでおかしかった。
だってこんなこと考えるのは人間しかいない。
自分の身可愛さに、これをどうしたものかと、どう隠したものかと、どう後悔したものかと―考えているこの時間が、とてもとても面白おかしく思えていた。
だれしもこんな状況になれば、言い訳を、反省をする振りを見せるだろう。
馬鹿馬鹿しかった。
けれど、自分の存在を認められているようで、この時間に浸っていたかった。
「……、」
しかし、それは許してくれそうにもなかった。
いい加減この現状を見なくてはいけないと、どこかで警報が鳴らされていた。
現実をみて、理解して、行動すべきことをしなくてはいけない。
―後悔をしなくては、いけない。
「……、」
床は塵一つない、キレイな板目が並んでいる。
―そこに、たった一つだけの落とし物。
光を浴びて、きらりと光る、丸いふちが可愛らしい、度入りの眼鏡。
シルバーのふちにはめられたレンズは、いつだったか、ブルーライトカット加工というものが入っていると教えてくれた。
その鼻あては、ほんの少し曲げられていて、あの子の可愛らしい鼻に合うように調節されているらしい。
日本人らしい可愛い顔をしているから、鼻が高い自分が羨ましいと、よく鼻を抓られた。
眼鏡のつるも同じシルバーで作られているが、丁度耳にかけられる、曲がり角には、少しだけ紫の模様が入れられている。
あの子の好きな色である。
紫は、子供っぽい見た目をしている自分では、洋服や靴などに入れると、不釣り合いだから、こういう見えないところに入れているのだと、そういうおしゃれをしているのだと、ニコニコしながら教えてくれた。
「……、」
小さな可愛らしい足の爪にも、同じように紫のマニキュアが、施されている。
パステルカラーの、やわらかい、可愛らしいあの子にお似合いの。
昔、おそろいにしようと、手の爪に塗られそうになったのだが、勘弁してくれと断ったことがある。
結局折れて、しょげていたが、代わりにと同じような色の飾りのついたキーホルダーをもらった。
それでもまぁ、可愛らしかったので迷いはしたが、マニキュアを断った手前、強気に出ることができなかったのだ。
それで、渋々車のキーに一緒にしてやった。
それをみて、また、ニコニコ嬉しそうに笑っていた。
「……、」
足首も、ふくらはぎも、スカートに隠れた太ももも、こちらが心配になるほど細かった。
握れば折れそう―とまではいかなくとも、それなりに細くて、正直触れるのは恐ろしかった。
「……、」
続く腰回りも細く、腹も、胸も、小さくて、可愛くて、細くて、細くて。
腕も、指も、その先まで細くて。
華奢という言葉がとてもにあっていた。
その上本人が言うように、童顔なものだから、何度親子に間違えられたことか。
「……、」
その、細くて、壊れそうな、可愛らしい、あの子は、
「……、」
目の前で、静かに、
「……、」
静かに、
「……、」
だらりと、
「……、」
手足に、力が入っていないのが、目に見えて、分かるほどに、
「……、」
それほどに、
「……、」
ダラ―――
「――――――――」
吐き気が、した。
「――」
この、目の前にいる、人間の異様さに。
「―――」
ほんの数時間前に、過去にないまでの大喧嘩をした。
手が出るほどではない、口喧嘩。
つい、かっとなって、あんな言葉を放ってしまったがゆえに。
私に異様な程傾倒していた、この人間に。
それは、明確な言葉として、私の言葉として、この人間に突き刺さり、突き動かし、実行した。
「―――、」
あの、優しい、可愛らしい笑顔は、もう見ることは叶わない。
あの華奢な体を抱きしめることはできない。
優しく握り返してくれた手は、あの小さく暖かな手は、もう、ピクリともしない。
冷たく、ただ、腐っていくだけ。
そう思い、見上げた、その、顔は、
「――、」
―あの、優しい笑顔で、満たされていた。
にこりと、ただただ微笑みかけていた。
お前の言う通りにできたと、望みどおりにしてやったと。
だから、いつものように―と、そう言わんばかりに。