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グラスター戦記  作者: SDN
外伝

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279/279

グラスター戦記外伝 残り火④

 それから一カ月ほどが過ぎた。

 すっかり傷の癒えたロイは、鍛冶師見習いとして再び忙しい毎日を送っていた。

 グラスターの街は今も復興作業の真っ只中である。

 ロイも週の半分は復興作業の手伝いに行っている。実家がある街の北部はほぼ無傷だったが、妖魔の襲撃を受けた南部は被害が大きく、やることは山のようにあるのだ。

 ただ、今日は工房で働く日だった。代わりにルークが復興作業に赴いており、彼が普段担当している作業をやるということもあって、普段よりも緊張を強いられていた。


 ローレアが慌ただしく工房に入ってきたのは、かなり難易度の高い作業を終えて、一息ついていた時だった。


「そんなに慌ててどうしたのさ?」


 そう声を掛けると、ローレアは足早にやってきてロイの手首を掴んだ。


「すぐに玄関に来て!」


「いや、俺は仕事中――」


「いいから来て! 凄い人があなたに会いにきてるの!」


「ちょ、ちょっと姉さん!?」


 ローレアは強引に引っ張ってロイを立たせようとする。

 騒ぐふたりを見て父が「馬鹿野郎、作業中だぞ!」と怒鳴るが、姉は手を引くのを止めようとはしなかった。

 仕方なく、ロイは父の怒声を背に浴びながら工房を出る。


「姉さんのせいで戻ったら親父にゲンコツ喰らうの確定じゃんか」


「あとで一緒に謝ってあげるわよ」


「絶対だからな。……それで、俺に会いに来たって誰? シュウスケか?」


「なんでそこでシュウスケ君が出てくるのよ?」


 姉が不思議そうな顔で問い返してきた。


「いやだって凄い人なんだろ? 俺の知り合いで有名人ってあいつしかいないし」


 ロイは忙しくて見に行けなかったが、つい先日行われた戦勝式典で、修介は領主から『グラスターの守り手』という称号を授与されたのだ。今やこの街で名を知らぬ者はいない押しも押されぬ英雄である。


「たしかにシュウスケ君は立派になったけど、何度も家にきてるでしょ。今さら騒いだりしないわよ」


「じゃあ誰だよ」


「会えばわかるから。今、玄関で待っててくれてるから早く!」


 姉に追い立てられるように玄関へと向かう。

 そして、そこに立っている甲冑を身に纏った長身の男を見て、ロイは絶句した。姉の言った通り、まさしく生ける伝説の英雄がそこに立っていたのだ。


「う、うそだろ……?」


 ロイの呟きに反応して、男が顔を上げた。


「君がロイ君か?」


「は、はひっ、そうですっ」


 緊張のあまり声がうわずってしまった。


「私は騎士団所属の騎士、ランドルフだ。騎士長の位を拝命している」


「もちろん知ってます!」


 そう口にしてから、知ってますじゃねー、とロイは心の中で突っ込みを入れた。

 最強の騎士ランドルフ――討った妖魔は千を超え、単独で討ち取った上位妖魔の数はグラスター騎士団歴代最多を誇るといわれる、まさに最強の名に相応しい騎士である。

 訓練兵時代に何度か訓練場で見かけたことはあったが、直接話をしたことは一度もなかった。こっちから話しかけるなど、恐れ多くてとてもできなかったのだ。その憧れの騎士が目の前にいるという状況に、ロイの脳みそは完全に飽和状態となっていた。


「そ、それで騎士長殿は、今日はどういったご用件で? 親父――じゃない、親方の作った武具がご入用とのことでしたら、こっちではなく隣の工房の方へ……」


「いや、今日は武具の調達で来たわけではないよ」


「え……」


「実はずっと君を探していたんだ」


「探していた? 俺を、ですか?」


 ロイの脳裏に『逮捕』という言葉がよぎった。騎士に探される理由など咄嗟にそれくらいしか思い浮かばない。

 おまけに心当たりもなくはなかった。

 妖魔の襲撃があったあの日、ロイは街を守るためとはいえ、街中で許可なく不特定多数の人間に武器をばらまいて扇動した。住民が剣を抜くことが罪となるこの街では、常識的にも法的にも駄目なような気がしていたのだ。


「あの……ひょっとして俺、逮捕されるんですか?」


「逮捕?」


 ランドルフが不思議そうに眉を寄せた。


「あ、いえ……騎士の方が俺を訪ねてくるとしたら、それくらいしかないかなーと思っただけでして……」


「君が何を勘違いしているのか知らないが、君を逮捕するつもりはないよ。私は任務でここへ来たわけではないからね」


「そ、そうですか……」


 ロイはほっと胸をなでおろした。冷静に考えれば、逮捕するにしても衛兵が来るのが普通であって、騎士長クラスの大物がひとりで来るなどありえないだろう。

 しかし、そうなるとますます目的がわからない。最強の騎士と誉れ高い英雄が、一介の鍛冶師見習いに会いにくる理由など皆目見当もつかなかった。


 そんなロイの動揺を察したのか、ランドルフは口元に微笑を湛えて言った。


「今日、私がここへ来たのは、君に礼を言う為だ」


「礼?」


 思いがけない言葉に、ロイは思わず聞き返した。


「ロイ君、君は妖魔が街を襲撃したあの日、ゴブリンに襲われそうになっていた老婦人を助けなかったかい?」


「……はい、たしかに助けました」


 あの戦いで唯一と言っていい武勲なので、ロイは少しだけ胸を張って答えた。


「その時に老婦人の傍にいた女性と小さな女の子のことは覚えているかい?」


「えっと、顔までは覚えていませんけど、一緒にいたことは覚えています」


「妻と娘なんだ」


「え?」


「君が助けてくれたのは、私の妻と娘だったんだ。本当ならもっと早く礼を言いに来たかったのだが、色々とあってね。ずいぶんと遅くなってしまった」


 そう言うと、ランドルフは目の前まで来て、両手で力強くロイの手を握った。


「君の勇気に、心からの感謝と敬意を。君のおかげで、私は家族を失わずに済んだ。本当にありがとう……」


 深々と頭を下げるランドルフ。

 ロイはただ、彼に握られた手を茫然と見つめていた。

 あの領都防衛戦において、騎士ランドルフは敵の首魁と目された三つ首のオーガを激闘の末に討ち取ったと言われている。

 ロイはその話を、最強の騎士がまた華々しい武勲を立てたのだと、ただそんな風に受け止めていた。だから、あの戦いの裏でランドルフの家族が危機に晒されていたなど想像すらしなかった。

 英雄とて人の子だ。誰よりも家族の無事を確かめたかっただろうに、ランドルフは私情を排し、騎士として街を守るために戦ったのだ。それがどれほど辛い決断だったか。きっと身を引き裂かれるような思いだったに違いない。

 力強く握られた手から、深い感謝の気持ちが痛いほど伝わってくる。

 この英雄の家族を守れたことを、ロイは心から誇りに思った。


「……頭をあげてください、騎士長殿。これでも一度は訓練兵として騎士を志した身です。誰かを守るために戦うのは当然のことですから」


 その言葉にランドルフが、はっと顔を上げる。


「そうか、それでか……」


「あの、騎士長殿?」


「ああ、すまない。実は妻から、助けてくれた青年が『俺は騎士だ』と叫んでいたという話を聞いてね。それで私もてっきりその青年が騎士なのだとばかり思い込んでいたんだが……そうか、君は元訓練兵だったのか」


「あ……」


 自分がそう叫んだことはロイもはっきりと覚えていた。騎士の身分を詐称することは言うまでもなく法で禁じられている。これもまた立派な逮捕案件だったが、ランドルフにその気がないのはさすがにわかった。

 むしろ、自分を鼓舞する為に発した一言のせいで、多忙な騎士長に余計な手間をかけさせたのだと思うと申し訳なさが尋常ではなかった。


「す、すみませんっ! あれはなんていうか、自分を奮い立たせる為といいますか、初心を思い出そうとしたといいますか、とにかく、決して身分を詐称しようとか、いい加減な気持ちで言ったわけじゃなくてですね」


 しどろもどろになるロイを見て、ランドルフは苦笑した。


「わかっている。責めているわけじゃないよ。むしろ素晴らしい心がけだ。君の心には間違いなく騎士の誇りと高潔な精神が宿っている。その気持ちをいつまでも忘れないでほしい」


「も、もちろんです!」


「道は異なれど、我々は共にこの街の為に戦う同志だ。きっと長い付き合いになるだろう。これからもよろしく頼む」


「はい!」


 その後、ランドルフは任務の途中とのことで、早々に帰っていった。去り際に「近日中にあらためて妻と娘を連れて挨拶に伺う」と言っていたが、それが社交辞令でないのは、騎士長の実直な人柄からいって間違いなさそうだった。

 もしかしたら本当に長い付き合いになるのかもしれない。そんな期待がロイの胸を躍らせた。


 しばらく玄関で突っ立っていると、母と姉が廊下から顔を出した。がっかりした表情なのは、全力でもてなす気でいたからだろう。かの英雄ランドルフが訪問してきたともなれば、当然の反応ではあった。

 引き留めなかったことに文句を言ってくる母と姉を適当に宥めつつ、ロイはランドルフが去っていった方へと視線を向けた。

 同志――憧れの騎士から言われたその言葉によって、心の中で燻っていた残り火が消えたことを、ロイははっきりと感じ取っていた。


 剣を振り回すだけが戦いではない。そう父は言った。

 その通りだ。

 この工房で作られた武器が、グラスターを守ろうとする人々の力になった。

 これからは自分にできるやり方で、この街の為に戦うのだ。


「よし、やるぞー!」


 気合いを入れたところで、工房の方から父の怒声が聞こえてきた。

 そういえば仕事をほっぽったままだった。あの怒り具合だと、ゲンコツ三発は覚悟しなければならないだろう。

 それでも工房へ向かう足取りは、やたらと軽く感じられた。




        残り火 了

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