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グラスター戦記  作者: SDN
外伝

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グラスター戦記外伝 残り火②

「親方、本当に妖魔が街に侵入したのだとしたら、ここにいては危険です。我々もすぐに避難するべきです」


 兄弟子のルークが父にそう提案した。


「そ、そうだな。よし、みんな急いで避難するぞ。ルークとトーマスは火の始末だ。それから食料をありったけ集めろ。この先どうなるか、わからんからな」


 父の指示で、全員が慌ただしく動き始める。

 だが、ロイだけはその場を動かなかった。


「ロイ、ぼさっとするな! お前もさっさと準備しろ!」


 そう咎めてくる父の顔を、ロイは真っ直ぐに見つめ返した。


「ごめん、親父……俺は一緒には行かない」


 父の目が点になった。


「一緒に行かないって……何を言ってるんだ?」


「俺は残って妖魔と戦う」


「馬鹿なこと言わないで!」


 そう叫んだのは父ではなく、それまで狼狽えていただけの母だった。


「前に戦場に行ってあんなことになったのに、どうしてまたそんなこと言い出すの!?」


 母の言葉に、父も頷く。


「母さんの言う通りだ。自分が何を言っているかわかっているのか?」


「わかってる」


「わかってない。妖魔は騎士団がなんとかしてくれる。彼らの邪魔にならないよう素早く避難するのが、我々市民の務めだ」


「今この街に騎士団がほとんど残ってないことくらい親父だって知ってるだろ? 誰かが残ってこの街を守らないと、俺達の街がなくなっちまう!」


「お前が残ってなんになる。その足でまともに戦えるわけがないだろう!」


「戦えるさ! 素振りだって続けてきた!」


 ロイは剣の柄を握りしめて叫んだ。

 すると父は、苛立ちを押さえるように大きく息を吐き出した。


「……いいかロイ、よく聞け。剣を振り回すだけが戦いじゃない。生きてこの街の復興に力を尽くすことが、俺ら職人の戦いだろう」


「わかってる。けど――」


 続く言葉よりも先に、父の分厚い手に両肩を掴まれていた。


「お前が本気で騎士を目指していたのはわかっていた。あんな形で騎士への道を諦めなきゃならなかったお前の無念もわかっているつもりだ。だから修行に身が入っていないことも、素振りを続けていることにも目を瞑ってきた。気が済むまで好きにしたらいいと思っていた」


「親父……」


「だが、戦いとなったら話は違う。その身体で妖魔との戦いになんて行かせるわけにはいかん。お前は大事な息子だ。無理やりにでも連れて行くぞ!」


「嫌だッ!」


 ロイは咄嗟に父の手を払ってしまった。

 傷ついたような父の表情が心に突き刺さる。

 それでも譲れなかった。


「俺はあの戦いでなにもできず、ただ逃げて、ストルアン殿を見殺しにした……。挙句の果てに騎士にもなれず、同期の仲間が活躍したって話を聞いて嫉妬してる……。そんな糞みたいな自分と決別する為には、剣で戦って俺自身を納得させるしかないんだ!」


「ロイ……」


「無謀だってことも、わがままを言ってるってこともわかってる。だけど、俺は剣士としてなにも成し遂げないまま、次の夢に逃げたくないんだ! だから頼む、親父、行かせてくれ!」


 頭を下げ、懇願する。見なくても父の顔が苦悩に歪んでいるのが手に取るようにわかった。


「――お父さん、私からもお願い。ロイの好きにさせてあげて」


 驚いたことに、そう口添えしてくれたのは姉のローレアだった。


「ローレア! あなたまで何言ってるの!?」


 たまらず母が悲鳴を上げる。


「母さんだって、ロイがずっと悩んでいることに気付いてたでしょ? きっとロイは、大切なものを戦場に残してきたままなのよ。この子が前に進む為に必要だって言うなら、私はそれを取り戻させてあげたいの」


「だけど――」


 言いかけた母を、父が制した。


「ロイ……必ず生きて戻ると、約束できるか?」


 父の目が真っすぐに向けられる。

 ロイはそれを見つめ返し、はっきりと頷いた。


「約束する。絶対に戻る。戻ったら性根を据えて鍛冶の修行に打ち込むから」


 しばし沈黙が続いた。

 やがて父は絞り出すように言った。


「……なら、好きにしろ」


 父がそう言った瞬間、母は泣き崩れた。ロイは慌てて駆け寄ろうとしたが、それよりも早くローレアが母の肩を優しく抱きかかえた。姉の目は「いいから行きなさい」と言っていた。

 ロイは「母さんごめん、行ってくる」と声をかけてから踵を返した。


「――待て、ロイ。まさかそいつを持っていくつもりか?」


 振り返ると、父の視線が腰に帯びた剣に注がれていた。


「そのつもりだけど……」


 ロイがそう答えると、父が何かを投げて寄こした。

 掴んだそれは倉庫の鍵だった。


「中にある物を好きに持っていけ。鍛冶屋のせがれがそんななまくらを持っていったんじゃ末代までの恥だ」


「親父……」


 何かを言う前に、父は背中を向けていた。



 ロイは自室に戻ると、収納棚の奥にしまってあった訓練場時代に使っていた革鎧を引っ張り出して身に着けた。久しく忘れていた感触が、戦いへ赴く緊張感を思い出させてくれた。

 それから預かった鍵を使って離れの倉庫に入る。

 どの剣を持っていくかは、最初から決めていた。

 一番奥の壁にかけられている剣を手に取る。

 父が丹精込めて鍛え上げた一振り。魔剣ほどの価値はないかもしれないが、魔剣を除けば間違いなくこの街で最高級の剣だろう。小さかった頃に一目見て以来、ずっとこの剣に憧れていた。これほどの業物を使うことは気が引けたが、武器を惜しんで死んでしまっては意味がない。

 鞘から抜き、軽く振ってみる。澄んだ音がした。外から差し込む光を受けて、刀身が魔力を帯びているかのように輝いている。

 これなら、きっとやれる。

 ロイは満足げに頷くと、鞘をベルトに取り付けて倉庫を出た。




 外へ出て工房へ視線を向けると、すでに避難したのか、父たちはいなくなっていた。

 が、その代わりとばかりに、工房の中を覗き込んでいる二人組の男がいた。

 火事場泥棒――そんな言葉がロイの脳裏に真っ先に浮んだ。


「おい、お前ら、ウチに何の用だ!」


 ロイは剣を抜いたまま大声で呼びかけた。

 二人組は鞭で打たれたかのように身体を震わせてから、同時に振り返った。


「な、なんだ、ロイか……驚かすなよ……」


 二人のうち、ガタイの良い方が顔をひきつらせながら言った。

 見知った顔だった。

 郊外のあばら家に住んでいるバーンとケリー兄弟だ。兄弟揃って近所でも札付きのワルで、兄のバーンは市場の裏通りの不良どもを束ねるリーダー的な存在だった。酒に酔って暴力沙汰を起こしては投獄され、釈放されてはまた喧嘩するといった荒んだ生活を送っている。ロイとバーンは同い年で、昔はよく遊んだ仲だったが、最近はすっかり疎遠になっていた。


「質問に答えろ。ウチに何の用だ?」


 ロイはこれ見よがしに剣を掲げながら質問を繰り返した。


「いやなに、ちょっと剣を調達しようと思って寄っただけだって」


 バーンは愛想笑いを浮かべながら答えた。武具を扱う鍛冶屋に来る理由としては至極真っ当ではあった。


「剣をなにに使うつもりだ?」


「おいおい、妖魔の大軍が街に侵入したって話、聞いてないのかよ」


「聞いてる」


「だったらわかるだろう。妖魔と戦うんだよ」


「お前らが? 冗談はよせ」


「冗談じゃねぇ。たしかに俺らはワルだが、卑怯者でも臆病者でもねぇ。この街は俺達の街だ。妖魔ごときに好き勝手されてたまるかよ」


 弟のケリーも「そうだそうだ」と気色ばむ。


「……本気で言ってるのか?」


 ロイの問いかけに、兄弟は真剣な表情で頷いた。

 嘘をついているようには見えなかった。たしかにこいつらは手のつけられない暴れ者だが、性根まで腐っているわけではない。それは幼馴染として信じられた。

 特にバーンが幼少の頃に騎士を目指してことをロイは知っていた。裕福ではない家庭だった為、騎士訓練場に入ることができず、その道を断念せざるを得なかったのだ。思えばバーンと疎遠になったのもその頃だった。


「……わかった。ついてこい」


 戦力は多いに越したことはない。そう割り切ることにした。

 倉庫へと連れていくと、バーンとケリーは「ひょぉぉ」と奇声をあげてさっそく武器の物色を始めた。


「こりゃすげぇ! 俺はこいつにするぜ!」


 ケリーが興奮しながら大戦斧(グレートアックス)を手に取った。


「待て待て、そいつはドワーフ用だ。お前がそんなもんを振り回せるわけないだろ。悪いことは言わないからやめておけ。身の丈にあった武器を使わないと普通に死ぬぞ」


 ロイはそう言って手近にあった小剣(ショートソード)を放った。

 ケリーは不服そうにしながらも大人しく受け取った小剣をベルトに差し込んだ。


「偉そうに言ってるお前はその足でまともに戦えんのか? 足手まといになるようなら容赦なく置いていくからな」


 バーンが挑発するように言った。


「ぬかせ。お前らとは鍛え方が違うんだよ」


「さすがは元騎士様だ。たいした自信だな」


「……嫌味のつもりか?」


「そんなつもりはねぇよ。――っと、俺はこいつにするぜ」


 バーンの方は弟と違って無難に扱いやすそうな長剣を選んでいた。


「言っとくが貸すだけだからな。売り物なんだからちゃんと返せよ」


「もちろん、わかってるさ」


 バーンがにやりと笑った。どう見ても返す気がないのが丸わかりな顔だった。

 ふと、ロイは武器を手にしてはしゃいでいる兄弟を見て、あることを思いついた。


「なぁ、お前らみたいな奴は他にもいるのか?」


「あん? どういう意味だ?」


「お前らみたいに暇と力を持て余してる馬鹿が他にもいるのかって聞いてんだよ」


「裏通りに行きゃそれなりにいると思うぜ。なんせ他に行く当てのないろくでなしばかりだからな」


「兄貴が一声かけりゃ、すぐに集まるぜ」とケリーが続ける。


 期待通りの回答だった。

 ロイは少し考えてから、ケリーに裏の空き地にある荷車を持ってくるよう指示する。


「そんなもん何に使うんだ?」とバーンが首をかしげる。


「決まってんだろ。倉庫の武器を運ぶんだよ。行く先々で声を掛ければ、他にも戦おうって奴がいるかもしれないだろ」


 倉庫にある武器は立派な売り物である。そんなことをすればあとで父に盛大に叱られるだろうが、街そのものがなくなってしまうことに比べたら微々たる問題だと思うことにした。


「なるほど、そいつは良いアイデアだぜ! ケリー、急いで荷車を持ってこい!」


「おうよ!」


 ロイたちは三人掛かりで倉庫にある武器をありったけ荷車に積み込むと、大通りへ向けて出発した。

 それは、やがて大火となる反攻の狼煙が上がった瞬間だった。



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