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グラスター戦記  作者: SDN
第十一章

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牧場

 王国暦三一五年四月。

 宇田修介がヴァース世界に転移してくる二ヶ月ほど前のことである。

 グラスター領の南西、ヴィクロー山脈にて局所的な地震が発生した。

 揺れは大きかったものの、震源地が辺境の山奥であったことから人里に影響はなく、人々の記憶に残るような出来事とはならなかった。


 だが、その地震こそが後にグラスター領を未曽有の危機に陥らせる元凶となった。

 地震によって地脈が大きく乱れ、クルス山の地下深くに封じられていた魔獣ヴァルラダンの封印が解けたのである。

 魔獣ヴァルラダンに封印を施したのは六百年前のルーファスだった。

 当時、他の魔法王やドラゴンと共に、地上で脅威となっていたヴァルラダンの討伐を行った際に、研究用として一匹を生かしたまま捕え、仮死状態にして地下深くに封印したのだ。

 結果的にそれが彼を救うことになった。ヴァルラダン復活の余波で、自身に施した封印が解ける切っ掛けとなったのだから。


 長き眠りから目覚めたルーファスが最初に目指したのは魔力炉の再稼働だった。

 不幸中の幸いと言うべきか、魔力炉は地下の拠点に無傷で残っていた。魔神に破壊される前に生命の神が魔神の王を異世界に送還してくれたおかげであった。


 ただ、魔力炉の再稼働には大きな壁が立ちはだかっていた。

 それは起動に必要な『(コア)』が手元にないことだった。

 (コア)の生成方法を知る者は、この世で皇帝ただひとり。

 十二人の魔法王は、皇帝に絶対の忠誠を捧げることで(コア)を手に入れていたのである。そしてそれは、ルーファスとて例外ではなかった。

 (コア)がなければ魔力炉を稼働できない。

 そして皇帝亡き今、(コア)は二度と手に入らない……はずであった。


 運がルーファスに味方した。

 先代の魔法王サーヴィンは、魔力付与を得意とし、数多の魔道具や魔剣の開発を成功させたことで魔法王の地位まで昇り詰めた魔術師だった。

 そのサーヴィンが密かに(コア)生成の研究に手を出していたのだ。しかも、完璧とは言えないまでも実用に十分耐えうるだけの試作品を作り出すところまでこぎつけていたのである。


 魔法王の知識はそのまま次代の魔法王へと受け継がれる。

 試作品の存在を知ったルーファスはそれを回収すべく、使い魔をかつてのサーヴィンの研究所に向かわせた。

 そこで使い魔が何者かに殺され、(コア)を持ち出されたことは想定外だったが、回収の過程でエルフの娘を確保できたことは僥倖だった。


 こうしてルーファスは魔力炉の起動に成功し、魔法王としての力を取り戻した。

 だが、安穏としていられる時間はあまりなかった。

 手に入れた(コア)は試作品なのだ。

 出力は本物の(コア)と比べれば格段に落ちるし、寿命も短い。このままいけば数年ともたずに魔力炉は機能を停止してしまうだろう。

 一刻も早く完璧な(コア)の生成方法を確立する必要がある。

 そして、その為にはより多くの魔力が必要だった。


 魔力炉は地脈からだけでなく、生物からもマナを搾取することができる。

 イステール帝国では、地上に巨大な魔力場を展開し、その範囲内に暮らしている人間から強制的にマナを搾取して魔力炉に送る、という仕組みを確立していた。

 ルーファスはその仕組みを現代に復活させるつもりだった。

 数万という人口が密集している地上の街は、まさに理想的な牧場である。

 ルーファスが最初に標的に選んだのはグラスターの地でもっとも大きな街……領都グラスターだった。





 強い風がローブのフードを後ろへさらった。

 魔術師ルーファスはそれを気にも留めず、眼下に広がる街並みを眺める。

 周囲を堅牢な防壁に囲まれているグラスターの街は、当然だが帝国時代には存在していなかった。

 空白の六百年の間に、地上の世界は大きく変わっていたのだ。

 てっきり魔神の王が支配する暗黒の世界になっているという予想と異なり、奴隷だったはずの地上の民が我が物顔でこの世の春を謳歌していた。

 彼らは魔法の力ではなく、集団で戦う知恵を身につけていた。

 優れた指導者に率いられた集団の力は決して侮れない。一匹とはいえ魔獣ヴァルラダンを倒したという事実がそれを物語っている。

 かつてルーファスが暮らしていた集落の人間と違い、今の地上の民は活力に満ち溢れ、その目には力強い輝きがあった。


 だが、魔力炉の力を得たルーファスに脅威となる敵など存在しない。


「大人しく家畜の身でいればよかったものを……」


 ルーファスはそう呟くと、魔力を操り、宙に浮いた身体を街の南門が正面に見える位置へと移動させる。

 城門の前では数千の魔動人形(ゴーレム)が主からの命令を待っていた。

 魔動人形(ゴーレム)の素材は、カシェルナ平原に放置されたままとなっていた妖魔の死体である。


 地上の民の悲鳴が、風に乗って耳に届く。

 よもや彼らも自分たちが討伐した妖魔の死体に襲撃されるとは想像すらしていないだろう。

 もっとも、今回の襲撃の目的は街の殲滅ではない。むしろ地上の民を積極的に殺すつもりはなかった。彼らはマナを供給してくれる大切な家畜である。減らし過ぎては本末転倒となる。

 騎士団や神殿などの戦力となりそうな主要施設を破壊し、反攻の芽を摘む。そして混乱に乗じて街の中心部へ赴き、そこで魔力場を展開する。それが目的だった。


 その程度のことであれば、わざわざこんな手の込んだことをする必要はないのだが、家畜を従順にさせるには恐怖を与えるのが手っ取り早い。そういう意味では、妖魔の死体を使った魔動人形(ゴーレム)に街を襲撃させるというのは悪くないアイデアだと、ルーファスは自画自賛した。

 とはいえ、ドワーフ族の手によって作られたという堅牢な城門は、数千の魔動人形(ゴーレム)をもってしても、そう簡単には打ち破れないだろう。

 よって、通り道を作ってやる必要があった。


 ルーファスは両手を大きく広げて詠唱を開始する。

 かつて皇帝マティウスは異界に繋がる門から魔神の王を召喚し、その支配にて失敗し殺されたという。

 ルーファスはその場に居合わせなかったので、それが真実かどうかはわからない。

 異界に通じる門を開けることができるのは、魔力炉の力を手にした魔術師だけである。

 魔法文字を宙に描かずにほとんどの魔法を行使できるルーファスでさえ、この術を使うには長大な詠唱が必要だった。

 魔力炉から体内に流れ込んでくる膨大な魔力を使い、異界に通じる門を開く。

 異界の空にひしめく灼熱の小さき星々。それを見えざる触手で無理やり引き寄せる。


「お前たちの魂に刻み込まれた魔法への根源的な恐怖を思い出させてやろう!」


 雲一つない空に、音もなく亀裂が走る。

 次の瞬間、深紅の閃光がふたつ、グラスターの街に降り注いだ。



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