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グラスター戦記  作者: SDN
第十章

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魔法潰し

 グラスターの街を出立した討伐軍の主力がまもなくカシェルナ平原に到着する――その報を受け、即応部隊の隊長トレヴァーはフェリアンの部隊と合流すべく、カシェルナ平原南部の合流地点に向けて部隊を移動させていた。いまだ平原の中央部に居座っている妖魔の軍勢を北と南から挟撃する為である。


 この二日間で即応部隊は妖魔の群れと四度遭遇し、そのすべてに勝利を収めた。

 なかでもダドリアス率いる傭兵隊の活躍は目覚ましく、デーヴァンやゴルゾといった実力者を中心に多くの戦果を上げていた。

 しかし、傭兵隊のなかで誰がもっとも活躍したかと問われたら、皆が口を揃えてこう言うだろう。


 魔法潰しのシュウスケだ、と。


 厄介なイリシッドの魔法をものともしない修介の存在は、曲者揃いの傭兵隊の中でもひと際異彩を放っていた。

 修介が戦場に現れるイリシッドを率先して潰していったおかげで、即応部隊は魔法による犠牲者をほとんど出さずに済んだ。「魔法潰し」という異名は修介がイリシッドを討ち取るごとに部隊内に浸透していったのである。


「いよいよか……」


 先を行く歩兵隊の背を見ながら修介は呟く。その声は自分でも驚くほど固かった。緊張と興奮で心がざわついていた。

 魔獣ヴァルラダン討伐戦以降、修介は大規模な戦いには参加していない。その討伐戦すら、早々に気絶してまともに参加できていないのだ。そこへきていよいよ数千の妖魔と正面切ってやり合うのだ。その数ならば上位妖魔がいるかもしれない。激しい戦いになるのは間違いないだろう。

 果たして自分がそんな戦いに付いて行けるのか、不安は尽きなかった。


「魔法潰しのシュウスケともあろうお方がそんな調子じゃ、部隊の士気に関わるってもんですぜ」


 隣を歩くイニアーにそう声を掛けられ、修介は苦笑した。


「その呼び方はやめろって。変な通り名で呼ばれるのは薬草ハンターだけで十分だって。それに魔法潰しって、なんかダサいし……」


「何言ってんすか、俺らみたいな商売やってる輩からすれば、通り名ってのは大事ですぜ。そいつがあるかないかで依頼人のウケも稼げる額も全然違うっすからね」


 そう口にするイニアー自身もデーヴァンと合わせて『傭兵兄弟』という通り名で呼ばれている。単に兄弟で傭兵をやっているから、という身も蓋もない由来だが、その通り名を聞けば誰しもがふたりの名を挙げるのだから十分に効果があるのだろう。


「――ま、魔法潰しがダサいってのには俺も同意ですがね」


「やっぱりダサいと思ってるんじゃん……」


「まぁまぁ、あまり響きの良い通り名がつくと自称を疑われるから、ほどほどにダサいくらいがちょうどいいんすよ」


「そんなもんかね……」


 通り名や称号は他人から呼ばれるものであって、自分で口にすることほど恥ずかしいものはないと思っている修介からしてみれば、自称を疑われるのは避けたいところではあった。


「……にしても噂には聞いてましたが、旦那が魔獣ヴァルラダンの咆哮に耐えたっていうのは本当だったんっすねぇ。あれだけイリシッドの魔法の標的になったにもかかわらず、その全てが効かなかったってのは相当なもんですぜ?」


「ま、まぁな……」


 自身の特異体質が周囲の人間から注目を集めてしまっているのは、修介にとってあまり歓迎すべき状況とは言えなかった。一度や二度なら偶然でも通用するだろうが、すでに偶然では済まされない回数の魔法を無効化していた。

 戦いの時の修介は、なによりも勝つことを優先していた。自身の体質を最大限利用すると腹を括っていたこともあり、バレても構わないという心境だったのだ。

 幸いなことに周囲の者からは単に強靭な精神力の持ち主だと思われているようだったが、勘の良い者なら遅かれ早かれ違和感を覚えるに違いない。


「なんか魔法に抵抗するコツみたいなものがあるんすか? 後学の為にぜひご教授願いたいもんですね」


 勘の良い人間の代表格であるイニアーは、やはり何かを察しているようだった。

 いくらバレても構わないとは言っても、積極的に吹聴して回るようなことでもない。こういう場合は曖昧な態度で煙に巻くのが妥当だろうと修介は考えた。


「き、気合かな?」


「気合ねぇ。見た感じ旦那のメンタルは乾いた砂の塊のように脆そうなんすけどね」


 正解、と思ったが、無論口には出さない。メンタル最弱の自覚がある修介からしてみれば、強靭な精神力の持ち主という周囲の評価は失笑モノだった。


「ま、人は見かけによらないって言うっすからね。そもそも鋼のメンタルがなければ、あの変態女とコンビ組もうなんて考えないか。兄貴もそう思うよな?」


 そう言ってイニアーは後ろを歩くデーヴァンに相槌を求めるも、デーヴァンは即座に「うう」と否定した。

 何気にデーヴァンはヴァレイラのことがお気に入りらしく、また、ヴァレイラもデーヴァンを連れ回すのが楽しいようで、ふたりが連れだって飲んでいる姿は酒場で頻繁に目撃されているとのことだった。


「聞く相手を間違えたか……」と嘆息するイニアー。


 ゴルゾと違ってイニアーに悪意がないことは修介もよくわかっていたし、なんだかんだでイニアーとヴァレイラの仲が良いのは先日の酒場の一件で確認済みである。

 修介が冗談交じりに「ヴァルに言うからな」と脅すと、イニアーは「そいつは勘弁」と笑ってごまかした。


「――それにしても、イニアーもデーヴァンも随分と余裕そうだな。これから妖魔の大軍と戦うってのに怖くないのかよ?」


 修介の言葉にイニアーは「何を今さら」と鼻で嗤った。


「こちとらもう何年も戦場を渡り歩いてきてるんですぜ。戦いの規模が違うってだけでやることはいつもと変わらないっすからね。むしろ相手が妖魔ってだけで気が楽なくらいっすよ」


「気が楽って……相手は数千の妖魔だぞ? 上位妖魔だっているかもしれないんだぞ?」


「怖さのベクトルが違うんすよ。たしかに上位妖魔は脅威だが、妖魔は基本的に馬鹿だからな。俺からしたら人間相手の方がよっぽど怖いっすよ。あいつらは平気で人を騙すわ裏切るわ、あげくに罠とか毒とか容赦なく使ってきますからね」


 まるで自分が人間ではないかのようなイニアーの物言いだったが、修介は別の意味でその言葉に納得していた。

 戦う相手が人間ではなく妖魔である――これは修介にとって重要なポイントだった。

 この世界の人間にとっての絶対悪である妖魔が相手だからこそ、修介は迷わずに戦えているのだ。これが人間同士の戦争だったら、参加しようなどとは考えもしなかっただろう。

 戦争は良くない、人殺しは良くない、そんな価値観のなかで長年暮らしてきた修介にとって、戦争や殺人に対する忌避感はそう簡単に消えることはない。少なくとも罪悪感を抱かなくていいという意味で、妖魔相手の方が気が楽なのはたしかだった。

 ただ同時に『殺す』という行為そのものに慣れてしまった今の自分ならば、戦場で人を殺すことを躊躇することもないだろう、と修介は漠然と考えていた。それを実際に試したいとは微塵も思わないが。


「だいたい俺ら傭兵はいざ戦闘が始まったら目の前の敵を倒す以外にやることなんてないんすから、戦う前から相手が誰だとか敵の数がどうとか、そんなことばっか考えてビビり散らすのもアホくさいでしょう。余計なことは考えないってのも傭兵をやってく上では大事なことですぜ」


 イニアーの発言に修介は「た、たしかに……」と神妙に頷く。


「なんにせよ、今回は旦那がいてくれるおかげでイリシッドの魔法も怖くないっすからね。ほんと、旦那さまさまっすよ」


「イニアー達が他の妖魔を引きつけてくれてるおかげだよ。俺ひとりじゃイリシッドに近づくことすらできなかったし」


「いやいや、俺らだけじゃどう逆立ちしたって犠牲なしでイリシッドは殺れませんからね。特に兄貴は魔法に対してはからきしだから、旦那がいなけりゃゴルゾの野郎と同じ目に遭ってたはずっすよ。な、兄貴?」


「ああ」と頷くデーヴァン。


 修介はデーヴァンが魔法に操られて暴れる姿を想像して寒気を覚えた。

 デーヴァンはあの村の戦いにおいて、ほぼひとりで二十体以上のオークを撲殺したのだという。敵に回ったらゴルゾ以上に危険な存在になるのは確実だった。


「そんなわけで次の戦いも頼んますよ、魔法潰しのシュウスケさん」


「だからそれはやめろっての」


 修介は嫌そうな顔をしてみせたが、イニアー達と言葉を交わしたおかげで多少なりとも緊張がほぐれたようだった。

 今回の遠征ではデーヴァンとイニアーには随分と助けられていた。

 デーヴァンには主に戦闘面で助けられ、イニアーには戦場での身の振り方について多くの助言をもらっていた。

 いつもながら自分は人に恵まれている、と修介は思う。

 イニアー達だけではない。サラもノルガドもヴァレイラも、いつも助けてくれる。

 自分もいつか彼らを助ける側になりたい、彼らと肩を並べられる存在でありたい、という想いは、修介にとってこの世界で生きていく為の大きなモチベーションとなっていた。

 だからこそ、特異な体質のおかげとはいえ、今回の戦いで自分が役に立てていることが誇らしかった。


「……兄貴?」


 不審そうなイニアーの声で修介は足を止めた。振り返ると、デーヴァンが厳しい表情で遥か前方を見据えていた。

 即応部隊の元に斥候に出ていた騎士が戻ってきたのは、ちょうどその時だった。


「急報! 平原中央部にいた妖魔の軍勢が突如南進! フェリアン様の部隊が強襲を受け、現在交戦中です!」


 騎士の大声は後方の傭兵隊にまで届いた。

 それを聞いた兵士達はたちどころに騒然となる。


「静まれッ! 合流地点はすぐそこだ。我々もすぐに向かうぞ!

 ――いいかよく聞け、こいつはチャンスだ。俺達がフェリアン様の部隊と合流して敵を引き付けることができれば、討伐軍本隊が背後から奴らを叩くことができる。それに、次期領主様をお救いすれば褒美は思うがままだぞ!」


 トレヴァーが大声で告げると、兵士達から「おおおおっ!」と歓声が上がった。


「静まれと言っておきながら煽るとか、あの隊長のノリはようわからんっすね」


 イニアーが呆れたように言ったが、あのノリこそが激戦が続く即応部隊の士気を支えているのだということは、ここ数日で修介も理解していた。


「よし、進めぇッ!」


 トレヴァーの号令一下、即応部隊は前進を再開した。


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