プロローグ
その日は、いつもと変わらない休日になるはずだった。
休日は二、三時間のウォーキングから始まる。
丈夫な体に生んでくれた親のおかげで、それまで特に健康に気を使わずに生きてこられたのだが、齢四〇を超えたところでついに健康診断で肝臓が要精密検査となった。
普段ほとんど酒を飲まないのになぜか肝臓にエマージェンシー発生である。
これはヤバいとビクビクしながら受けた精密検査の結果は『脂肪肝』という運動不足の産物であった。これがきっかけで健康の為にウォーキングを始めることにしたのだ。ちなみに、ジョギングじゃないのは単に走るのが苦痛だからである。
最初は健康の為に始めたウォーキングだったが、実際にやってみると普段歩くことない道を歩き、行ったことのない場所へ赴くことの楽しさに気付いた。何十年と過ごした街なのに、歩く度に新しい発見があるのだ。今では地元だけではなく、他所の街にまで遠征するまでになっていた。
お気に入りのウェアに袖を通し、軽く準備運動を終えたら、自分で作った七つのウォーキングコースから一番のお気に入りである海岸沿いのコースを選ぶ。およそ一五キロ、三時間のコースだ。
季節は六月。そろそろ暑さが本格化してくる時期である。
外は前日の雨が嘘のような快晴だったが、夏に向けて力をためているのか思ったほど日差しは厳しくない。風も吹いているので、きっと海岸通りは気持ちが良いことだろう。
宇田修介。四三歳。
世間からはロストジェネレーションと呼ばれる世代の彼は、超就職氷河期時代に社会に放り出されて案の定就職に失敗。二〇代のほとんどをアルバイトや派遣社員として過ごし、三〇手前でようやく当時のアルバイト先であった会社に正社員として拾われた。
当然出世欲などないに等しく、社畜になるほど仕事熱心でもない。休日と給料日だけを楽しみにただ漫然と業務をこなすだけの日々を送る。
四〇を過ぎて未だに独身。結婚する気なんてとうに失せ、仕事よりもプライベートの時間を大切にするタイプで、休日は健康の為にウォーキングする以外に全く外出しないインドア派であり、趣味はオンラインゲームと読書で、ゲームの課金以外に給与の使い道がない寂しい独身没落貴族。
それが宇田修介という人間だった。
なんの取柄もない平凡な中年男性である。
――そんな平凡な自分が、なぜ道路の上で横たわっているのだろうか。
修介は道路に投げ出された血まみれの自分の体を見つめながらそんなことを思う。
そして、自分の体を見ている、というありえない状況に気付いた瞬間、強い力に引っ張られるような感覚を覚え、そのまま意識を失った。
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25日午前10時ごろ、〇〇市○○町の市道で、同町に住む宇田修介さん(43)がトラックに撥ねられた。宇田さんは病院に搬送されたが頭などを強く打ち死亡が確認された。○○署は、自動車運転処罰法違反の疑いで、トラックを運転していた同市、自称運送業の○○○○(50)を現行犯逮捕した。
同署によると、現場は信号機も横断歩道もない丁字路。宇田さんは道路を横断していた女児をかばってトラックに衝突したとの情報もあり、同署は詳しい状況を調べている。女児に怪我はなかった。
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