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アンネリーゼの首縄  作者: 澁澤まこと
第1章 イザベラ
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修道院の姿

 翌日、修道女たちが自由になる午後を迎えると、カイはイザベラに話を聞くことにした。施設の案内はしてもらったし、アンネリーゼの遺体も見せてもらってはいたが、この修道院のことに関してはまだほとんど何も知らない。修道院の体質やアンネリーゼの人柄、ジークリンデの人柄などを聞き出す必要があった。



「お待たせいたしました。何かご質問が?」


 会談の箇所は薬草園にした。万が一修道女たちが奇跡を偽装していた場合に備え、話は一人ずつ聞いていきたいのだ。薬草園では歩き疲れるかもしれないが、そんな長話になることもあるまい。それに、薬草係のユッタはイザベラが信頼を置いている人物のひとりだから、話が長引けば小屋を貸してもらえるはずだ。



「お時間をいただき、恐縮です。質問というより、この修道院のことをもっとよく知りたいと思いまして……」


「本当に奇跡が起こるような修道院かどうか、ということですね」



 イザベラが少し悪戯っぽく笑う。それにつられて、カイも笑いながら肯定した。



「歯に衣を着せぬ言い方をすれば、そうなりますね」


「お気になさらないでください。できたばかりの修道院で、特に有名だったわけでもない修道院長に奇跡が起こるなんて、疑うなという方が難しいと思いますもの」


「しかし、別にこの修道院の怪しいところを探そうというわけではありません。そもそも私はこの修道院のことを何も知らないので、基本的な情報だけでも教えていただきたかったのです」


「では、私の知っている限りのことをお伝えいたしますね。まず、この修道院は今から20年ほど前、ビッケンバッハ伯によって設立されました。長らくお子様に恵まれなかったため、お世継ぎの誕生を祈って、子供のいない夫婦の守護聖人である聖アンナに捧げられたといいます。その後、お世継ぎは無事お生まれになりましたが、その名残で、私たちはよく聖アンナの讃歌を歌うのですよ」


「そういえば、院長のお名前もアンネリーゼでしたね」


「ええ。もとはエリーゼというお名前だったそうです。院長に就任してからアンネリーゼと名乗られるようになったとか……といっても、私が来る前の話なので、ただの噂ですけれどね」


「なるほど。イザベラさんがこの修道院に入られたのはいつ頃なのですか?」


「見習いとしてここに来たのが12年前、誓願を立てたのが7年前です。歴史の浅い修道院なので、もう古参のような扱いになってしまっていますけどね」


「それで、お若い方でも写字生に取り立てられたりしているのでしょうか」


「ブリギッテのことですね? あの子は特別です。でも、そうですね、確かに若い人が活躍しているかもしれません。役職なんかもそうです。私もまだ22ですが、こうして応接係を仰せつかっているわけですし」


「それはあなたが優秀だからでしょう。こんなに豊富な話題をお持ちの方はあまりいません」


「うふふ、ありがとうございます。おしゃべりが過ぎるって怒られることの方が多いんですよ? それに、役職のある若い人が増えているのは、単に設立当初他の修道院から異動してきた役職持ちの人たちが引退し始めているせいです。移動してきた人と新しく入った人しかいないので、中間となる年齢層が空いているんですよ」


「そういう面もあるかもしれませんが……修道女の皆さんはどれくらいいるのですか?」


「見習いも含めて、全部で60人くらいですね」


「そのうちの8人が写字生と考えると、この修道院の教育水準の高さがうかがえますね。そういえば、薬草園も大きいし、薬酒も作っていると……」


「それは、初代の院長がビッケンバッハ伯夫人に進言したそうですよ。ただ修道院を作って満足するのではなく、それが弱者を救済する場として機能し続ければこそ素晴らしい善行であり、主はお喜びになるでしょうと」


「道理で。ここは単なる祈りの場ではなく、病人を癒す場であり、婦女に教育を授ける場であり、伝道の場ですらあるということだ……実に理想的な修道院の姿ですね」



 カイは少し、奇跡を信じる気持ちを強くした。イザベラはそれを察し、礼をする。しかし、顔を上げたイザベラの睫毛は心配そうに伏せられている。



「どうかなさいましたか?」


「いえ……確かに、社会に貢献する機能としては理想的だと思うのです。でも、それが恩寵の対象となるのなら、院長個人ではなく、修道院という場に奇跡が起こるのではないかと……思いまして……」



 その返答に、カイは修道院だけでなくイザベラの評価も改めることになった。気立てが良いだけかと思っていたが、盲目的に奇跡を信じず自分で論理的に考えるだけの頭がある。



「どうやらあなたはかなり冷静なお方のようだ。自分の修道院で起こった奇跡かもしれない出来事について、そんな風に考えることはなかなかできません」


「いえ、そんなことは! 私は本当にごく普通の人間です。ただ……」



 イザベラは周囲の様子をうかがったのち、口元に手を当てると、カイにそっと耳打ちをした。



「奇跡を起こしたのがあの院長(・・・・)だからこそ、無邪気に信じることができないのです」

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