少女の亡骸
フリーデが熱を出したと聞いたのはそれからすぐのことでした。悪魔に操られた私は、真冬だというのに、濡れたままのフリーデに「外で」一晩反省するようにと言いつけていたのです。可哀想なフリーデ。彼女の命は1週間と持ちませんでした。
修道院は悲しみに包まれました。何日も泣き止まぬ子もいました。私はただ粛々とフリーデの葬儀を済ませました。彼女の死の理由を知っているのは私とカルラだけです。どうして自分がその命を奪ったのだと言い出すことができましょうか。
彼女の死をきっかけに、私はひとり決意をしました。必ずやこの問題に決着をつけよう。いつまでも私の身体を悪魔のいいように使われているわけにはいかないと。
では、たかが一人の女に一体何ができるでしょう。地位を得たとはいえ、一介の修道女にすぎぬ私には、祈りと薬草治療のほかにできることなどありません。持てる時間の全てを祈りに費やしても、悪魔は私を謗ります。幻影を遠ざけようと、甘いワインで煮詰めたベトニーを常飲していても、悪魔は私を嘲笑います。聞くに堪えない、ここにはとても記すことのできないような罵詈雑言を囁きかけ、幻影で私の意識を奪っては悪さをする。氷の頬の内側で、私の魂は常に混迷の中にありました。
しかし、来る日も来る日も祈り続けて、私はついに見つけたのです。答えは聖書の中にありました。「子等はともに血肉を具ふれば、主もまた同じく之を具へ給ひしなり。これは死の権力を有つもの、即ち悪魔を死によりて亡し、かつ死の懼れによりて生涯、奴隷となりし者どもを解放ち給はんためなり」……聖書の『ヘブル人への書』にあるこの一節の、「悪魔を死によりて亡し」という部分が、私には光輝いて見えました。
そうです。簡単なことでした。私は修道女、ひとりのキリスト者です。イエス様の行いに倣うことこそ私の喜びです。イエス様はあらゆる罪を御自身の身体と共に十字架に架けられました。私も、自らの身体と共に悪魔を打ち滅ぼせばよいのです。悪魔が私の内に住み着いているのなら、私の肉体という名の家ごと取り壊せばよいのです。
ただ、一つだけ問題があります。悪魔が私の内に潜むようになってからというもの、私の歩む道は苦難によって彩られておりました。この手紙を読んだあなたは、その人生を捨てることに躊躇いなどないと思われるかもしれません……とんでもないことです。私は死が恐ろしい。命を容易く手放すことなどできるものですか!
主はなんという試練を私にお与えになったのでしょうか。この小さき身に、なんという大きなことをお望みになるのでしょう。自らの肉体に死をもたらすには、痛みも苦しみも、避けて通ることはできません。悪魔を滅ぼすために私の死が必要だというのなら、何故主は私から自然と命を取り去ってくださらないのでしょう。
死への恐怖は悪魔の恐怖より大きく、聖書の中に答えを見出してから私が死を決意するまでには長い時間を要しました。わざと忙しく予定を詰め込み、今日はこんな仕事がある、今日は誰が訪ねてくると言い訳をして、私は自らが果たすべき責務から逃れておりました。
それでも、ついに何の予定もない日が来てしまいました。今日を逃せば、私はきっとのらりくらりとその日を先延ばしにし続けて、ついには老婆になってしまうことでしょう。その間に、もしまた悪魔に操られた私が誰かの命を奪うようなことになれば、主は決して私をお許しにはならないはずです。
もう何度も、こんなことはやめてしまおうという考えが頭をよぎります。肉体と共に悪魔を滅ぼせる確証などどこにもないのです。私が死んでも、悪魔は生き残るかもしれない。もしかするとほかの誰かの中に入り込んで、彼女を苦しめるかもしれない。もしそうだったら私の死は無意味なばかりか、他者に重荷を押し付けるだけの最低の代物です。
……いえ、それも都合の良い言い訳に過ぎませんね。確証などなくとも、やり遂げねばなりません。他に良い方法などないのですから。私はフリーデの顔を思い浮かべて、必死に悪い考えを頭から追い出しています。あの子が生きていた頃の笑顔の眩さが私を叱り、棺に納められた白い顔の悲壮さが私を奮い立たせる。この世に少女の亡骸ほど悲しいものがあるでしょうか。あの子のような犠牲者をこれ以上出さないためにも、私は死なねばならぬのです。
ああ、手が震えて止まりません。この手紙がこんなに長くなったのも、きっと未だに逃げ続けているからです。私は弱い。本当に弱いですね。
友よ、どうか覚えていてください。これは自殺ではありません。私と私の中に巣食う悪魔との闘いです。私にはきっと主のお力添えがあります。私は勝ちます。試練に打ち勝ち、死しても永遠の命に結ばれます。
平穏に過ごせた15年の思い出が、浮かんでは消え、浮かんでは消えます。私はこの修道院で生活ができて幸せでした。私は今夜旅立ちます。どうか、悲しまないでください。これは大切なあなたがたの笑顔を悪魔の刃から守るためなのですから。
もしも悪魔を打ち滅ぼすことができたなら、私はこの修道院を守り続けましょう。私の亡骸を地下の薬草庫においてください。そこが私の一番好きな場所でした。院長の部屋はジークリンデのものになるでしょうから、私は薬草庫であなたがたを見守ります。戦いに勝てたのなら、私の亡骸は腐らないはずです。もし腐敗したのなら、それは魔女の亡骸です。火葬にしてください。
主の平安があなたがたにありますように。
愛をこめて
アンネリーゼ
> 甘いワインで煮詰めたベトニーを常飲していても
ベトニーには恐怖や幻覚を退ける力があり、甘いワインで煮詰めると良いとされていました。現在の医療ではそのような効果は認められていません。