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アンネリーゼの首縄  作者: 澁澤まこと
第4章 ユッタ
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痕跡

 すると、ユッタの表情が曇る。



「ああ、あの、まだ悪魔は祓われていないっていう……あれには私もびっくりしました。あんなこと言ったらみんな怖がっちゃうわよねぇ」


「ユッタ修道女は、どう思われますか? 悪魔は祓われたと?」


「うーん、院長がああ(・・)なったってことは、悪魔祓いに成功したんだと思うんですけど……でも、ブリギッテは滅多なことを言う子じゃないんです。きっと考えあってのことだと思うんですが……悪魔ねぇ……悪魔と言えば……」



 歯切れが悪くなるユッタ。その様子に、カイはユッタが何かを知っていると直感する。



「ユッタ修道女、実は私は、祓われたはず(・・・・・・)の悪魔の行方を追ってもいるのです。もしまだこの修道院に悪魔がいるのであれば、それは誰のもとにいて、苦しめているのか。明らかにして、今度こそ祓わなければなりません。ユッタ修道女、あなたはここの皆に慕われている。何かご存じなのではありませんか? 相談を受けたりしているのなら、どうか教えてください。悪魔祓いとなれば外聞が悪く、修道院としてもなかなか動けないのかもしれませんが、私は父修道院の者です。父修道院であれば、もみ消したりせず教会に悪魔祓いを依頼するよう指導することができます。だから、苦しんでいる方がいるのなら……」


「ああ、カイ修道士。そんなに私を買いかぶらないでください」



 ユッタは慌てたようにひらひらと手を横に振る。



「本当に何も知らなくて。悪魔憑きに苦しむ子から、相談を受けたりはしてないんです」


「ですが、何かご存じなのでは? 先程のご様子は、何もないようには見えませんでした」



 カイは真っ直ぐにユッタを見据える。ユッタはしばらくくるくると目を動かしていたが、やがてふぅっと大きく息をつき、言った。



「私の心当たりは苦しんでいる子ではありません。悪魔の方なんです」



 カイとイザベラの目が驚きに見開かれる。



「悪魔の方? 一体どういうことです?」


「2月のはじめか半ばだったかしら、私に相談してきた子がいたんです。魔術の痕跡を見つけたんだって」



 ひゅ、と息を呑む音が小屋の中に響いた。魔術。異端、悪くすれば異教徒の所業。主なる神に属さぬ恐ろしい闇の儀式が、修道院の中で行われたと言うのか。



「厩舎で見つけたらしいんですけどね、蝋燭と生肉が置いてあったって。私は、馬丁が蠟燭の明かりで肉の保存か何かの作業をしただけじゃないかって言ったんですけど、蠟燭の周りに血で描かれた変な模様と文字があったらしいんですよ。さすがにそれはおかしいですよね?」



 ユッタは眉根を寄せて頬に手をあてる。その顔は先ほどまでよりも血色が悪く、唇は微かに震えている。



「そんなことが……」


「不届き者がこの修道院を呪っていたりするのだとしたら怖いでしょう? だから私はこの話を聞いて、院長に言って、見回りを強化してもらおうと言ったんですけど……実は私に相談する前に、副院長に報告したんだって言うんです」


「ならば、何らかの対策が取られたのでは?」


「それが、特に何もないんですよ。こんなことがあったって、周知されることもなくて。うやむやになったまま今まで来てるんです」



 カイは思わず唸った。痕跡の示すものが何なのかは定かではないが、もしも誰かがこの修道院を呪うために悪魔召喚の儀式を行っていたのだとしたら。


 カイはさらに悪いことに気が付いた。



「修道院長の手紙には、亡くなった修道女のことが書かれていました。あれはいつ頃です?」


「ああ、フリーデのことですね。忘れもしません、2月の25日です。あんなにみんなが悲しみにくれた日はありませんでした。フリーデは本当にいい子で、私も話すたびに元気になるような、そんな子でしたよ。病床でも、心配させないように明るくふるまってね。だから、きっと病気を退けて戻ってくるもんだと思っていたんですけどねぇ」


「お悔み申し上げます。それにしても、2月ですか。魔術の痕跡が発見されて、比較的すぐに亡くなったことになりますね……もしかして、修道院長に取り憑いていた悪魔が、魔術によって力を強めたのでは?」



 カイの言葉に、ユッタは絶句する。



「考えてもみてください。それまで悪魔は修道院長を操って修道女たちに無用な折檻を与えこそすれ、命を奪うことまではしていなかったのです。無関係とは思えない。私は魔術には詳しくありませんが、例えば何か生贄を捧げるなりして、悪魔の力を強めたのかもしれません」


「そんなまさか……そんな恐ろしいことが……」


「もっといえば、そもそも修道院長に悪魔が取り憑いたのも、誰かの差し金である可能性もあります。長きにわたる呪いの成果がフリーデ修道女の命だとすれば由々しき事態です。我々は教会とともに悪魔を退けるだけでなく、呪いをかけている人物を特定して根本的な原因を排除しなくてはいけないでしょう」


「で、でも、いったいどうしてこの修道院が狙われるんです? 権力があるわけでもない、小さな修道院ですのに」


「敵の狙いは修道院ではなく、修道院長かもしれません。修道院長は高位のご貴族のお生まれ、何かお家を取り巻く恨みつらみがあっても不思議ではありません。ですが、悪魔とは簡単に制御できるものでもない。修道院長が亡くなった今、魔術を行った者の手を離れて、悪魔は好き勝手に動けるようになった可能性もあります。また誰かの身に危険が起こらないとも限らない」


「なんてことをおっしゃるんです!」


「そうならないために、きちんと調べて対処するのです。ちなみに、魔術の痕跡を発見したというのはどなたなんですか?」


「シャルロッテという修道女ですよ」

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