薬草係
「ユッタ修道女、こちらです」
カイが再度声をかけると気づいたようで、ユッタはぱっと明るい笑みを見せて小走りにやってきた。年はカイとそう変わらないように見えるが、赤白い肌の色に丸っこい身体の線で、どことなく林檎を思わせる健康体からは、中年の疲れた雰囲気を一切感じない。
「まぁまぁ修道士様、こんなところまで! さきほどはお疲れ様でした。敷地内のご見学ですか? それともお薬をご所望でしょうか?」
「いえ、ちょっと確認したいことがありまして、皆様にお話を伺っているのです」
「あら、私でお役にたてますかしら? 畑の中じゃなんですから、よかったらこちらにどうぞ!」
ユッタはにこやかにカイとイザベラを小屋へと案内した。中に入ると、急な来客が嬉しいのか、小さく鼻歌を歌いながらテーブルの上を片づける。そこかしこに薬草が置かれているが、雑然とはしておらず、単に物が多いという印象だ。種類ごとに小分けにされた薬草や、一か所にまとめられた本などから、ユッタがしっかりとこの空間を管理していることが伝わってきた。周囲を見回していると、ユッタの少し得意げな顔と目が合った。
「ようこそ、私の城へ! ……って、『私の』なんて言ったら怒られちゃうわね。この修道院自慢の薬草園へ! 気になるものがあったらなんでもおっしゃってね」
「すみません、たくさんの薬草が気になって、ついきょろきょろしてしまいました」
おどけてみせるユッタに、カイも笑顔で返す。
「片付いていなくてごめんなさいね。薬草園が大きいもんですから、収穫物も多いんです。それに、お客さんが来た時いつでもご所望のものをお出しできなきゃいけないでしょ?」
「これだけ豊富な薬草があれば、病人の来訪にもいつでも対応できますね。素晴らしいことだと思いますよ」
「ありがとうございます! お陰様で、地元の人たちはすっかり、体調が悪いとまずここに来るようになってるみたいなんです。ここで薬草係をやってることだけが私の誇りでしてね。患者さんの良くなったって報告を聞くたびにご褒美をもらったような気持ちになるんですよ。この間も、カレンっていう金物屋の娘さんがね……」
鳥のさえずりのように延々と続くユッタの話を、イザベラのくすくすという笑い声が遮った。
「ユッタ修道女、ご挨拶がまだですよ」
「あら、いけない! 本当ごめんなさいね、修道士様。私はこの修道院で薬草係をしているユッタと申します。どうぞよろしく」
「いえいえ、お気になさらず。私は父修道院からやってきたカイです。修道院長のご遺体の一件で、まずは状況を確認するために派遣されてきました」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。ご足労いただきありがとうございます! こんな小さな修道院であんなことがおこるなんて、みんなびっくりしているんですよ。気が小さい子が多いもんですから、話を聞くのも楽じゃないかもしれませんが、なんでも調べて行ってくださいね。ご遺体はもうご覧になりました? まるで生きてるみたいだったでしょう? 正直院長についてこれといったいい話を聞かなかったもんで、私も最初は半信半疑だったんですけどね、あの様子を見ていたら、やっぱり主の思し召しなのかなぁって、思うようになりましてね。それにしてもあの手紙ですよ、氷の頬の下にあんな苦悩を抱えていらしたなんてねぇ……人っていうのはわからないもんですねぇ」
ユッタは頬に手をあてながら、自分の話に自分でうんうんと相槌を打つ。
「思い起こしてみるとね、あの日、亡くなったあの日も、どこか様子がおかしかったんですよ。なんだか決然とした雰囲気というかね、いつも以上に目がきりっとしていて、顔色は青白かったような気がするんです。相当なご覚悟があったんでしょうね。それでも泣き言一ついわずに、礼拝では修道院長の訓示もしっかりとなさって、ご立派ですよねぇ」
カイが聞き出すまでもなく、ユッタの話はアンネリーゼの亡くなった当日の話へと及んだ。
「ユッタ修道女、今日あなたにお聞きしたかったのは、まさにそのことでした。あなたは、修道院長のご遺体の第二発見者でしたよね? 当日のことを詳しく、お聞かせ願えますか?」
「もちろんですとも。あれは、夜課の少し前でしたね。私はもう布団の中で起きていたんですけど、イリーネの悲鳴が聞こえましてね、部屋の全員がそれで目が醒めたと思うんですが、泥棒か何かだと怖いでしょう? 私はもう44ですけど、ここの修道女は若い子が多いもんですから、間違いがあっちゃいけないと思って、皆にはベッドで待つように言ったんです。急いで蝋燭をもって、声がした方に走っていきました。といっても、方角はわかっても正確な場所なんてわからないから、人がいる部屋の戸を叩いてして回ってね。最後が修道院長のお部屋でした。扉の前でイリーネがしゃがみこんでいて、ひどく怯えているんです。見れば半分開いた扉の隙間から布がはみ出てて、何かなと思ったらそれが修道院長の腕でした」
ユッタは少し顔色を曇らせる。カイは頭の中に、腕を覗かせる修道院長の姿を思い描いた。それは今にもこちらを暗闇へと引きずり込みそうな陰鬱な幻影であった。




