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アンネリーゼの首縄  作者: 澁澤まこと
第3章 イリーネ
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人には見せぬ顔

 翌日。カイは再びイザベラを訪ねた。次に聞き込みをするべき人物を紹介してもらうためと、イリーネと話したことについて頭の中を整理するためでもある。



「聞き込みお疲れさまでした! 何かわかったことはありましたか?」


「今のところ、あまり進展はありませんね。ただ、思うことは二つあります」


「思うこと、ですか?」


「まず、イリーネ修道女はかなり憔悴していらっしゃるご様子でした。極度に痩せていて顔色も悪かったです。ブリギッテ修道女のお話で気が滅入っただけなら、せいぜい表情が暗くなるだけでしょう。痩せたり唇が荒れたりといった変化には時間がかかるはずです。彼女は前からそういう体質なのですか?」


「うーん、前から細い方ではありましたが、院長が亡くなられてからは更にやつれた感じになっていますね」


「つまり、彼女の憔悴はつい先ほどではなく、修道院長が亡くなられてからのものです。ということはその死に衝撃を受けてのこととも考えられますが、特に修道院長を慕っていた様子ではありませんでした。もしかすると、院長が亡くなられてから新たに始まった(・・・・・・・)悩み事があるのかもしれません」


「どんな悩みを抱えているのでしょう? ……もしかして、悪魔はイリーネのもとに!?」


「その可能性は考えておいた方がいいかもしれませんね」


「考えてみれば、ブリギッテが悪魔を探すように言ったとき、おかしな反応を見せたといっていたわけですもんね。もしイリーネの元に悪魔がいるのなら、1日も早く祓われることを祈ります……それで、もうひとつは?」


「副修道院長にはお話を伺った方がよさそうということです……それも、慎重を期して」


「まぁ、イリーネは副院長について何か重大なことを言ったのですか?」


「いえ、重大なことというほどではありません。ただ、遺書の発見にも、遺体の扱いの指示にも彼女が関わっている。おまけにこの修道院での強い権限もありますから、うがった見方をすれば、奇跡を偽装していないとも限りません」


「そうなのですね……仮にも副院長ですから、複雑な気持ちです。でも、そうですね、この修道院で奇跡が起こることを望まれるだろうことはわかります」


「昔から奇跡に対する強い想いがあったと?」


「いえ。奇跡に対するというよりも、権威を好まれる方なのです、あの方は」



 イザベラは少し疲れたような笑みを見せる。



「例えば、こんなことがありました。さる貴族の方が、天の国に少しでも近づくために善行を積みたいと、相談をしてきたのです。地位の高い方ですから、当然副院長が対応しました。すると後日、たくさんの立派な燭台がこの修道院に贈られてきました」


「立派な燭台ですか……」


「相談を受けたのなら、貧者への施しや、病める人への施しを提案するべきものでしょう?」



 応接係のイザベラは、修道院を訪れる貴族たちの話を把握している。噂話の類ではなく、実際に起こっていることと判断できた。それも口調から察するに、1回ではないのだろう。無論、修道院に物品を寄進することは紛れもない善行ではある。だが真っ直ぐなイザベラにとって、誰も救うことのない(・・・・・・・・・)善行など疑問でしかなかったのだろう。



「だから、奇跡も望まれると思うんです。奇跡が起こることほど、修道院の価値を格上げするものもないでしょう?」


「たしかにそうですね」


「それに、人からどう見られるかを気にされる方です。ウィンプルからは眉が出ているし、指輪もしていらっしゃいます。おきれいな方ですから、人から美しく見られることにこだわりがあるんでしょうね」


「言われてみればそうでしたね。ですが、修道院長はそのことを咎められないので? 規律に厳しい方だったと思いますが」


「それが、全然。院長と副院長は元々同じ修道院だったそうですから、仲がいいんですよ。副院長が院長のことを(ムッター)と呼ばず、エリーゼと口にしたのも聞いたことがあります。一種のえこひいきじゃないですか?」


「イザベラ修道女……」


「いけない、さすがに言いすぎました。でも、お優しい修道士様は副院長たちにはきっと言わないですよね? また鞭を受けるのはごめんですもの」



 イザベラは口元に手を当ててくるりと目を回し、おどけて見せた。その様子が幼い子供のようで、カイは思わず笑い出す。この修道女らしからぬ天真爛漫な修道女は、老いて固くなったカイの心を解きほぐすようだ。



「ともかく、副修道院長は評判を気にする性質の方、ということですね。心に留めておきましょう」


「次は副院長に聞き込みをしますか?」


「いえ、もう少し状況が見えてきてからの方がいいと思います。材料もそろわないまま疑念を抱えてお話を伺っても、心を閉ざされてしまうと思いますから」


「では、次に話を聞く人を考えなければいけませんね」


「ユッタ修道女にはお話を聞いてみたいですね。修道院長の遺体の第二発見者でもありますし、皆に信頼される年長者でもある。悪魔に苦しめられている方の見当もつくかもしれません」


「いいですね。ユッタはすぐにでも協力してくれると思います。いつも薬草園の小屋にいますから、今から行ってみましょうか」


「はい。よろしくお願いいたします」



 二人は連れだって回廊を抜け、薬草園へと向かう。そこかしこで薬草が花をつけている春の薬草園の真ん中で、まだ緑一色のカモミールが揺れて、ウィンプルの白い影がわずかにのぞいた。



「ユッタ修道女、そこにいますか?」



 立ち上がった修道女は、ふくよかな頬に疑問の色を浮かべてあたりを見回した。カモミールの花言葉は「苦難に耐える」。彼女もまた、何かを隠しているのかもしれない。

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