聖女様を見つけた。
フィーネは金髪のお下げが可愛い10歳の少女である。
マディニア王立病院に勤めている父と、王宮でメイドをやっている母との間で、マディニア王国の王都で、慎ましく暮らしていた。
ただ、他の子と違う所がある。
フィーネは人の持つ強さが、オーラとなって見えるという事だった。
強さだけではない。人でない物が化けていたとしてもその真実の姿が見えてしまう。
フィーネは母と買い物に行く時に尋ねる。
「どうしてあの人達は頭に羊のような角が生えているの?」
街で馬車の乗り込もうとする貴族の令嬢達であろうか?その一団を見て問いかけるフィーネに母親は怪訝な顔をした。
そして。
「めったな事を言うものじゃないのよ。フィーネ。おかしな子ね。」
母親は相手にしてくれなかった。
だからフィーネは見えた事を言うのをやめることにした。
ある日、フィーネの母が王宮の同じメイド友達から、書物を何冊か借りてきてくれた。
絵本になっていて物語が綴られている。
フィーネは本が大好きだったから、とても嬉しく、母にお礼を言い、部屋に籠って読み始めた。
その中の一冊に、聖女の物語があった。
国の為に戦い傷ついた兵士や、民衆を聖なる力で癒し、治す奇跡の力を持つ聖女。
その長く美しき金の髪と水晶のような紫の瞳、可憐な容姿を持つ彼女を国民は皆、
感謝をし好いていた。
特にマディニア王国の第一王子は、権力に物を言わせ、聖女を婚約者とした。聖女も第一王子を好いていた為、誰しもが二人は結婚すると思っていたのであったが、しかし第一王子は他の女性と恋に落ちた。
聖女が邪魔になった第一王子は聖女を偽聖女呼ばわりし、聖女を騙った罪により、聖女を火炙りの刑にする決定をした。
聖女はその言葉を聞いて、騎士達に乱暴に連れ去られながらも、第一王子とその新たなる婚約者になった女性、そして国王や王妃に向かって。
「恨んでやる。200年後に私は甦って、必ずこのマディニア王国を滅ぼしてやるわ。」
聖女に傷を治してもらった兵士や、民衆に聖女は偽聖女として、石を投げられ、
傷だらけで、ぼろぼろになった後に火炙りの刑になった。
彼女は最後まで呪いの言葉を叫んでいたという。
その後のマディニア王国はどうなったかと言うと、第一王子とその女性は、
結婚はしたが、国全体に流行った病で早世した。
雨が降らず、農作物が育たず、長い間、国民全体が飢えや、病に苦しめられたという。
人々は聖女の呪いだと囁き合った。
第一王子が、聖女を偽聖女だと言ったのは、愛する女と婚姻したいが為と
死ぬ間際で懺悔した為に、その言葉が広まり王家並びに国民全体が、後悔したのは言うまでもない。
フィーネはその絵本を読んで、震えあがった。
このお話は200年前のお話らしい。って事は火炙りにあった聖女は、甦ってこの国を滅ぼしてしまうのではないか?
でもでも、この絵本はあくまでお伽話である。
父や母に言ったって、いや誰に言ったって、そう言われて笑い飛ばされてしまうであろう。
もしも、自分の前に、聖女が現れたならば、この目で見れば判るのではないか?
そうしたら土下座でも何でもして、お願いしよう。
どうかこの国を滅ぼさないで下さい。
大好きなお父さんとお母さんがいるこの国が私は大好きです。
だから滅ぼさないで下さいと。
フィーネは決意をし、その日から彼女の聖女探しが始まった。
昼間は一人で家で留守番をしているフィーネ。
街へ一人で出かけるには危ないので禁止されていたが、さっそく、
街へ出て歩いている人をじいいいっと観察をする。
現代、この国には聖女なんていない。お伽話の伝説の女性である。
だからきっと聖女がいるならば、普通の人と違う何かが見えるのではないか?
人が行き来する王都の広い道。
道行く女性達をじいいいいっとフィーネは観察することにした。
道端に座り、通行人を観察すれども、皆、一応に小さなオーラを纏っている。
桃色、橙色、緑・・・人によって様々な色だ。
時たま、強い光を纏った人を見るが、それは騎士団の騎士とか、兵役に着く男性ばかりである。
「聖女さまぁ。どこにいるの??」
あっと言う間に日が傾いてきたので、その日はフィーネは家に帰ったのであった。
そんな日々が何日か続いた頃である。
食事をしながら、ふと父が。
「今度、王立病院に皇太子妃セシリア様が慰問に訪れられる。」
母が感心したように。
「隣国、アマルゼ王国から嫁いできた王女様だわ。あのお方は、慈善活動とか、ご熱心であられるから。」
父がスープを飲んでから、
「不思議とあの方が来られた後、患者さん達の具合が良くなるのだな…。まるで伝説の聖女様のようだと。」
母が眉を潜めて。
「やだ…伝説の聖女様って、この国を恨んで火炙りになったってお伽話が有名じゃない。」
フィーネはこれはチャンスだとばかりに。
「お父さん。私、セシリア様、見てみたい。見学に言っていいかな。」
父はフィーネの髪を優しく撫でながら。
「ああ、あの方を見たいというお前の気持ちわかるぞ。よかろう。お母さんと一緒なら見学させてあげよう。」
「有難う。お父さん。」
やった。やっと聖女様に会える。
土下座して、お願いするんだ。
どうかこの国を滅ぼさないで下さいって。
お願いします。聖女様。
それから、3日後の事だった。
王立病院に皇太子妃セシリア一行が現れた。
王立病院とは、王家が経営している病院である。
そこに入院している患者は平民ばかりであった。
この国の貴族は、病にかかったり、怪我をしたりすると病院に入院せずに、皆、自宅で療養しているので、入院するのは平民ばかりという訳である。貴族を回って診断する、特別な医師団も存在していた。
当日は沢山の民衆の見物人の中で、馬車に乗って現れたセシリア皇太子妃。
柔らかな金髪を一つに纏め、薄水色の帽子とドレスを纏って、優雅に馬車から降りる。
見物人の片隅には、母に手を引かれてじいいいっとセシリア皇太子妃を見つめるフィーネがいた。
何て柔らかい、水色の光が彼女を包み込んでいるのか?
その暖かさにうっとりとはするが、フィーネは思う。
ううん。彼女は聖女ではない。だって光が小さいもの。
あああ、無駄足踏んじゃったかな…
今日こそ、聖女様に会えると思ったのに。
ふと、彼女の後ろから降りて来た人物を見つめる。
やはり髪を一つに纏めているが、眼鏡をかけて、きりりとした印象だ。
地味な薄い赤の帽子と同色のドレスを着たその女性を見た途端、フィーネに衝撃が走った。
凄いオーラである。ここに来ている人々を全てを包み込むような…
それでいて色の無いオーラ。
皇太子妃セシリアの元に、びっこを引いた少年が駆け寄る。
小さな桃色の花束を持っていて。
「セシリア様。これをセシリア様に。」
セシリアは優しく笑いかけて。
「有難う。どうか貴方の怪我が早く治りますように。」
花束を受け取って、その頭を優しく撫でた。
その後に、眼鏡をかけた赤いドレスの女性が跪いて少年と目線を合わせ。
「どこが痛いの?膝?」
「お姉さん。膝、怪我したんだ。痛くて痛くて。」
「早く治るといいわね。」
優しく膝に手を当てる。
その時、フィーネは見てしまった。
膝を包み込む暖かな光。
色は無いけど、凄く暖かい光が女性の手から溢れ出ている。
女性が立ちあがると、少年はアレっという顔をした。
フィーネは確信した。
赤いドレスの女性に向かって駆け出した。
皇太子妃セシリアは、フローラ物語に出てくるディオン皇太子の奥様です。
シュリアーゼの姪にあたります。