『空っぽの独裁者』3
「残念。折角"『芽吹く』"と思ったんだが……足元が強固な者は良くない。もっと危うくなっている者を選ばねば」
*
2組。
「一学期は例のアベルさんの件で終わっちゃったね……」
「そうですね。私は現場に居なかったのでよく知りませんが、寮長が留守をしがちで困りました」
デボラ嬢がやれやれとばかりに言う。
実は、今日が定期テスト最終日。明後日から冬休みに入る頃となっていた。
あの事件から2ヶ月程だが、倒れてしばらくアベルさんは衰弱が激しかったらしく、ついこの間ようやく出席出来るようになったらしい。
意識は早い段階で回復していたそうだが、身体がついてこなかったようで。その間彼の仕事はバルタザールさんが、身の回りの世話はヴェルナー寮長がやっていたそうだ。
「全然全快しないから流石の俺も心配した」
「だよね」
あれからガーネット寮は変わった。
というか、元に戻ったというのが正しいか。アベルさんが自分で増やした規則は殆ど廃止され、元からあった規律を絶対遵守ということになったらしい。
『いいかい、お前達。確かに僕はやりすぎたけど、元からある規律は規律に変わりない。
違反したら即刻処刑する、いいね!』
……彼らしいお言葉だ。
アベルさんから寮生への謝罪は今日のお茶会で行われるらしい。
俺達タンザナイト寮生も、時期がズレて今日にお茶会がある予定だ。
「さ、テストに集中しましょう。今回も私達アクアマリン寮生が上位を占めさせて頂きますから」
「お。言ったな? ディアモンド、どっちが上か勝負しね?」
「負ける気しないからパス」
とりあえず目前の目標だね。
*
1組。
「うむ、全く分からないよ!昨日ジミィが教えてくれたところは分かるんだけど!」
「ヒロくんは要領いいんで大丈夫ッスよ。多分」
多分、と力強く頷いたジミィ。失礼だと怒りもせずヒロは「そうだといいな!」と元気よく返した。
正直ジミィはこの新学年でクラス割りを見た時に上手くやれるか心配していた。利益重視でそろばんを弾くタイプの自分と、感情に任せ猪突猛進で動くヒロ。
あまりにも反対すぎて、ウィルス繋がりで出会っていなければ仲良くどころか舌打ちし合う仲であったかもしれない。
しかし蓋を開けてみれば、確かに相容れない所はあれど意外といい2ヶ月を過ごせた。というわけで2人は去年よりずっと仲良くなっていたわけである。
「にしても、またウィルは帰ってしまうんだね。ジミィも帰るんだろう?」
「そッスね~。流石に冬は帰らないと」
「うむ……寂しいよ」
犬か。と内心突っ込んだものの、テストが始まりそうだったのでジミィは前を向いたのであった。
*
4組。
イルゼは悲しみに満ちた顔で魔法史の教科書を眺めていた。この科目だけ授業も寝てしまい、全然分からないからである。
「なんてお顔をしてますの?勉強しなかった貴方が悪いわ」
「ひぃ、それを言われるとぉ……」
裏校舎に逃げなかっただけ良しとして下さいぃ、と完全諦めモードのイルゼにエルザはため息をついた。
同クラスになったことで親睦が深まったヒロとジミィとは違い、この2人はあまり相性は良くなかった。エルザは諦めることなく最善を尽くすタイプだが、イルゼはすぐ投げ出してしまう。『私なんか』、と言うイルゼがエルザは嫌いになりそうだった。
「わたくしは……諦められませんわ。選択を止めたら、もう引き返せないの。何があっても止まれないの。そうでしょう?」
「私には、分かりません。今まで一択しか無かったので」
その言葉に思わずエルザはノートから顔を上げる。
「ウィルス様が初めて選択肢を下さいました。『通報されるか、授業を受けるか』って。
は、初めて尋ねてくれたんです……私なんかに、あのウィルス様が」
か細く、でも嬉しそうに話したイルゼにエルザは『ああ、そうか』と思った。
「よかったわね」
「はい」
自分と彼は究極的に反対なのだと。
「選び続けてきたはずのわたくしには、もう一択しか残ってないのね……」
消えそうな呟きは、再び教科書とにらめっこし始めたイルゼには届かなかった。
**
「疲れた」
ぶすっとした顔のフリッツくんに苦笑しながら、俺は帰りの準備をした。
デボラ嬢は既に帰寮している。
「お前は冬休み帰るんだって?」
「まあね。フリッツくんは?」
「俺も帰る。家の収穫時が冬なんだよ」
へえ、そうなんだ。
獲れたら送ってやる、とサラッと言われてびっくりした。
「んじゃまた来年~」
「うん、良いお年を」
さて……お茶会へ参加するか。
今年は昨年より絶対に帰りたくないという気持ちはマシだ。落ち着いてテストを受けられたし。余りにも返さなかったからか、ルーカスからの手紙も今年は少なめだったな。
「ウィル! 今年は大丈夫そうだね」
「あはは……嫌なのは変わらないけどね」
「よかったですぅ。前はご尊顔がお通夜みたいな色をしていらしたので」
心配かけちゃってごめんね。
お茶会が無いアンバー寮のジミィは先に里帰りした。今年は出立が遅くなるから明朝に実家に着くことになるのかな。
「おっ来たね~。さあ座ってどんどん食べて?時間もアレだからまどろっこしい挨拶は抜きにしたんだ」
「寮長」
「ありがとうだよ!」
寮に帰ってすぐ寮長がお出迎えしてくれた。
あれからアベルさんに対して遠慮が無くなったのか前より清々しい顔をするようになった……気がする。
「2年生はどう? 順調?」
「はい、おかげさまで」
後輩と接することは思ったより無くて安心している。部活に所属していないから当たり前だが。
「このタルト美味しいですぅ……」
「本当だ! ウィルもほら、食べよう」
フォークでゆっくり切り分けて口へ運ぶ。確かに美味しい……この時期珍しいな、マロンタルトなんて。
「本当?それ僕が作ったやつなんだ、嬉しいな」
「えっ」
まさかの寮長手作り。
「アベルが昔アレルギーが酷かったから……料理も得意になっちゃったんだよね」
「そうなんですか」
もぐもぐ、美味しい。
気づけばタンザナイト寮の庭は寮生で一杯。挨拶回りをするため寮長は立ち去っていった。
「そういえばレーオンハルト様とは連絡を?」
「全然。アベルさんの件以来は全く」
「そうですか……最近おじさまからのマークが厳しくなってきたので、気をつけてくださいね」
確かに最近イルゼはよく呼び出しされてるね。
優しさに胸がきゅっとなり思わず親しみを込めて頭を撫でてしまった。
「そういえば弟が社交界デビューするはずなんだよね。何も聞いてないけど」
「ウィルの弟か……どんな奴なんだい?」
「うーん。ヒロとは相性悪いかもね」
ノータイムで殴りかかりそう。
「正直すぎて嫌われるタイプって感じかな」
「うむ。なんだか僕とは仲良くなれなさそうだよ」
2人はもう手馴れたもので、お茶会も作法良く過ごしている。変わってないのは俺だけということか……この間のお茶会の前から今後の目標については保留にしっぱなしだからなぁ。
「……もう、どうでもいいかもね」
「?」
「ううん、何でもない」
去年の今頃は『普通』になりたくて仕方なくてもがいていたんだけど。
なんだか現状に満足してしまっているし。『測定』については考えものだが話が混みいりすぎて疲れてしまった。
……これはこれで俺の『普通』ってことで、いいのかもしれない。
「皆さん今年はお疲れ様でした。それでは良いお年を~」
ゆるい笑顔の寮長に手を振られ、解散となった。
寮生は明るく喋りながら自室へ戻っていく。
「ディアモンドさん、それじゃまた年越しパーティで」
「はい。向こうでお会いしましょう」
寮長も社交界にはちゃんと出るようだ。
前寮長……ヤーヴィス様とも会えるだろう。それが帰宅の唯一の楽しみだ。
翌日の終業式もつつがなく終了し、荷物を持った人々で賑わう広場へと集う。
「ウィル、良いお年を!」
「お気をつけて~~」
随分冷たい風に押し出されながら、生徒たちは黒馬車へ乗り込んでいく。
去年と違い元気よく手を振り返しながら、俺は侯爵家へと戻ったのだった。




