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『空っぽの独裁者』2


地割れは収まったものの、魔力の暴走が止まらないので次第に熱波が空気を通って伝わってくる。


「……?」


 アベルさんが握りしめている杖が、気のせいか少し光っているような気がする。

いや、光っているんじゃない。周りの空気が蜃気楼のように揺らめいているというか……なんというか……。


「【水よ】!」


詠唱と共に、結構な量の水がアベルさんの頭上でぶちまけられた。

 しかし周囲の温度が高いのか殆どがその場で蒸発してしまう。


「ジミィ!」

「何が起きてるんスか!?」


手にアベルさんのタイを持ったジミィが困惑した様子で駆け寄ってきた。

 すると熱波で誰も近づけない中仁王立ちしていたアベルさんがじろりと見る。


「お前か」


……タイを目ざとく発見したらしい。

 標的が俺からジミィに切り替わった。突っ立っているのをやめて1歩ずつ、ゆっくり熱をまといながら近づいてくる。



「ちょ……ちょっと、落ち着いてください!」

「アベルくん!」


只事ではない気配に寮生は怯え、ブリュンヒルデさん達は必死に呼び掛けをするが効果はないようだ。


「全部お前達が悪いんだ……僕は……僕は正しい。


……処刑してやる。

 この場にいる奴全員に執行してやる!」


杖を振り上げたアベルさんの餌食として、まずフリッツくんが捕まった。

 「うわぁ!!」という悲鳴と共にどこかへと送られてしまい、姿が見えなくなる。

多分『処刑部屋』に転送させられたのだろう。


「フリッツ~!」


 心配そうに声を上げる者含め、逃げ遅れた何の罪もない寮生達も次々と回収されていくが、魔力の減衰どころか破裂するのではないかというくらいに膨張は止まらない。


「固有魔法の連発!? 本当に死んでしまいますっ、無理矢理にでも止めないと!」

「イルゼ、杖だ!杖を弾き飛ばそう!」


俺じゃコントロールはまだ怪しい。

 お願い!と叫ぶとイルゼは慣れた手つきで素早く杖を抜き唱える。


「【衝撃を】!」


聞いたことがない魔法だったが、流石命中。

 弾き飛ばされた杖は数メートル離れた地面に転がり、バルタザールさんが驚きの反射速度でそれを回収した。


「熱っ……何なんだこれは?」


『熱い』?杖が?

 よくわからないけど、とりあえず学園長とかこういう時に限って来ないよね!ほんと!


「とりあえず逃げたいけど、逃げ場なんて無さそうだね」

「ヒロくんに連絡したいんスけど……」


そんな隙見せたらすぐ処刑部屋に送られそう。

 くすぶる違和感をどうにか言語化したいのだけど、頭が全然回らないので苦虫を噛み潰したような顔しかできなかった。

ガーネット寮周りを逃げ回ろうかと考えたその時。



「アベル?」


おっとりした、この状況ではとぼけたような。

そんな声が突然割り込んできた。


「寮長! どうして……」

「いや~やっぱり当事者として気になっちゃって。これどういう状況なの?」


ヴェルナー寮長が焦るようでもなく呑気に歩いてきていた。後ろからヒロも走ってくる。


「なんなんだいあれは?」

「いや……急に魔力の暴走が始まって」

「こういう時に限っておじさまは来ないし。このままだと死んでしまいますっ」


イルゼもさらっと学園長へ不満を述べたね。

 『死んでしまう』という単語を聞いてもヴェルナー寮長はあんまり危機感が無さそうだった。


「ヴェルナー! 今更お前がなぜここにいる!目障りだ、早く消えろ、さもなければ___」


激昂しているアベルさんは幼馴染の寮長にも怒りの声を浴びせる。

しかし、それはヴェルナー寮長の反応によりぴたっと止まってしまった。



「処刑だろ? よく言うよ。

杖も取られていいざまだなぁ、ディアモンドさんのおかげで久しぶりに君の情けない姿を見れて嬉しいよ」

「___え、」


それは俺達も同じだった。

 ヒロに至っては『アベルさんの従者(右腕)』と聞いていたからか、あんぐりと口を開けてしまっている。

バルタザールさんやブリュンヒルデさんまで固まってしまった。


ど、どういうこと?



「小さい頃から君はずっとそうだった。規律規律、規律が全てってね。伯爵の教育の賜物だから可哀想と思ってたけど、昨年から流石に度を越した。

 だから考えたんだよ。いい気になって王様気取りのご主人様の鼻をへし折るにはどうしたらいいかって」

「……まさか貴方」


ブリュンヒルデさんが眉を顰める。


「わざと遅刻したの? 彼のお誕生日パーティに」

「うん。まず寮外にも醜聞を広めたくて、それなら新寮長になった自分が処刑されればいいんだと思ってね。フリッツさんだっけ?彼がディアモンドさん達に泣きついたおかげで上手くいったよ、本当にありがとう!」


にこにこしている寮長に思わず俺とヒロ達は顔を見合わせる。

 この人、性根が悪い。



「じゃあ俺達はまんまといいように利用される形になったと……」

「うん。これまでの3年間耐え忍んだ甲斐があったよ、みんな僕がわざと遅刻したなんて考えもしないんだから」


確かに疑問には思われていたけど、『まあ人間だからそんなこともある』程度に解釈されていた。

 寮長は幼馴染で同役職の自分が処刑されることで他寮長にも危機感を感じさせ、行き過ぎた統治の対処をさせようとしたのだろう。

 フリッツくんと俺達が動いたのは予想外だったようだけど、結果的にこうなっているので寮長の思惑通りだ。



「な……」

「従順な下僕じゃなくてショックだった? 残念、君のことは大嫌いだよ。昔からずっとね。

 で、もう懲りたでしょ?いい加減にしたらどうかな?アベル」


虚をつかれたアベルさんは愕然としており、魔力の膨張もぴたりと止まってしまっている。

 さらに彼の杖を持っていたバルタザールさんが「おや、もう熱くない」と呟いた。


「僕が……僕がダメだったっていうのか?

必死だったんだ。必ずこの寮を……」

「その心意気には感嘆するよ!王として臣民を良き方向へ導くのは正しい事だからね。

 でも兄上が規律で僕達を縛り付けることは無いよ。自由と安心を与えることも王としての務めだからね!」


『従者』らしくヒロが明朗に宣言する。

 ヴェルナー寮長も「そうだねぇ、やり方が不味かったよね」と軽く頷いていた。貴方のやり方は不味くないのでしょうか。


「僕は、」


 力が抜けたのか、がくりと膝から崩れ落ちたアベルさんを支えるヴェルナー寮長。



「あ、気絶しちゃった」

「無理もありません。あれだけ魔法を酷使すれば身体が強制的に休息を求めるはずですからねぇ……」


気を失った事で固有魔法が解けたのか、復活した寮生によってアベルさんは自室へと運ばれていった。

 ……さて。


「いやはや、流石タンザナイト新寮長らしい最初の事件だったね。まさか全て計算通りだなんて、高くつくよ?」

「本当よ。こっちはいつ寮生に飛び火するか分からなくてヒヤヒヤしてたのに~」

「すみません……」


さっそく続投寮長2人がヴェルナー寮長に苦言を呈す。

 あのアベルさんの性格からして多少強引な策を取りざるを得なかったのは理解できるが、にしても悪どいというかなんというか。


「あの。少し気になることがあるんですけど」

「ん?」


暴走した原因は追い詰められたこと……でいいのだろうか?


「アベルさんは責任感が強いと聞きました。けど魔力が暴走している最中は『お前達が全部悪い』と……。

 おかしくないですか?」

「そうッスか? まさに寮長っぽいと思いますけど」


ジミィ、それはレーオンハルト殿下のことでしょ。


「うーん。確かにちょっとおかしいね。

自分の絶対性を信じて疑わなかったのは確かだけど、『責任がどこにあるか』には結構うるさい子だから。

 他人に擦り付けようとするのはらしくないかな」

「そういえば、ディアモンドくんがレーオンハルト様を殴った事件の報告会議でも……

 言い訳してた殿下に『お前が焚き付けたんだろう!』とうるさかったね。」


えっ、そんなことが。


「……それに」

「皆さん! 大丈夫ですか!」


今更走ってきた学園長に、全員が冷たい目線を送る。

 遅い。


「さすがの凄い私といえど、寮で問題を起こされると気づくのに遅れるんですよっ!リアルガーくんは大丈夫ですか?」

「はいおじさま、魔力切れで気絶しただけのようですよ」


おっとりと返した義息子に、「そうですか」と口元をにっこりさせた学園長。

……この不気味な仮面に正面から微笑むことのできるイルゼは素直に凄いと思う。


「皆さんよく最悪な事態になる前に防いでくれました。学園長印の花丸をあげましょう!」

「結構ッス」

「こら!そこ、即答しない!」


最悪な事態って、死ぬことかな?


「明日も授業があるでしょう。皆さん早く帰って早く寝ることです! ではさようなら」


事実確認だけしてとっとと帰っていってしまった学園長に、思わず数名からため息がこぼれる。



「……あれ?フリッツくんは?」



翌日、フリッツくんは無事登校してきた。……首元をさすりながら。




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