『BNA』2
「言いたいことは分かりますが、これも入学する手続きの一つなんです。この学園の守護神的なもの……神じゃないですけど。とりあえずそんな感じの物との約束なんですよぉ。大丈夫です、死んだりしません」
……まあ分かるが。
神でないとしたらやはり天使とかだろうか。天使にしてはちょっと暗すぎる制約な気もする。
「その代わり、起きたらもう始業式の始まりは万端。面倒な着替えもメイクも完璧!って感じなので。大目に見てくださいってか従って下さい」
凄い開き直りだ。
生徒達も「はあ……」という微妙な空気になっている。
「では、二列に並んで下さい。分身が棺桶に入れてくれますので。あ、暗所恐怖症の方がいたらご報告を」
ぞろぞろと並びだす生徒達。
茶髪くんと隣に並んで、軽く喋りながら待った。
「そういやあんたの名前聞いてなかったッス。俺はジミィ」
よろしく、と握手を求められたので笑って応じた。
「俺はウィルス・ディアモンド」
「ああ!ディアモンド家だったんスね。平民……ってか商人の息子の俺でも分かるッス」
へー、そうなのか。
通りでオープンキャンパス中に
「あれいくらするんスかね」「高そ〜」「高級そうなものって使いにくいッスね」
とか言ってたわけだ。
「……おっと、そろそろ順番ッスか。入学式でまた会えるといいッスね!」
「うん」
心からそう願いたいな。
最後にもう一度「じゃあまた!」と言い合って、直立に立てられた棺桶に入る。
バタン、と蓋が閉められた瞬間に、どうしようもない眠気が来て……
『魔法、なの、かな……』
そのまま意識は飛ばされた。
*
「いやぁ、守護神様も無茶なこと言いますよね。入学式直前に棺桶に入れろなんて。
ま、でも私凄いので。出来ちゃうんですけど!」
*
ガタン!!
「っ!?」
「はい、おはようございます」
急な意識の覚醒にくらくらしながら、手を引っ張られて外に出た。
……あ、そうだ。棺桶の中で寝たんだっけ。
「えっ」
いつの間にか服が変わっている。
これは……ローブ?黒の金刺繍のローブだ。ポケットをまさぐると、何か指に当たったので取り出してみる。
「えぇ……」
それは手鏡だった。慌てて自分の姿を確認すると、メイクも髪もたった今準備されたかのように整い済。
他生徒も自分の変化に驚いたり喜んだり。平民だとメイクもする機会がないだろうし、物珍しいのかも。
ぽやーっとした気持ちで突っ立っていると、学園長の分身が「こっちですよ〜」と急かしている。
棺桶置場らしき場所は既に生徒達で埋まっているので、このままじゃまだ起きてない子が出られないのだろう。
人の並に合わせて案内された方へ向かう。ジミィくんの姿は見当たらないな……。
「……!……れ、……!」
どうやらホールへ向かっているようだ。浮いた照明が見えてくる。
「……ス!……い!…ウィルス!」
「へ?」
ホールに踏み入れた瞬間、何者かに後ろから肩パンされた。
…………いたっ!?
「い、痛……」
「ああ!すまない!大丈夫か!?」
こ、この声はもしかして。
「嬉しくてつい力んでしまったようだ! ウィルス、君もBNAに来たなんて! この巡り合わせは奇跡だ!オイナに感謝しないと!」
「『ヒーロー』くん!」
あの『ヒーロー』くんだった。
「ヒーローと呼んでくれているのか!なんでか全く誰も呼んでくれないんだ。君が最初に呼んでくれるなんて嬉しいよ!」
え、そうなの。
てっきり身内での渾名なのかと……
『ヒーロー』くん改め、ヒロくんもローブに身を包んでいる。
「棺桶の中は意外と寝心地がよかったな!」
「そ、そう?」
凄い今肩が凝ってるんだけど……。
声量からしても、体育会系なのだろうか。
「にしても、噂に聞いていた通りこの学園は凄い!故郷で全く見たことがないものばかりだよ!少しでも目に焼き付けておかないと!」
その言葉にうんうんと頷く。
SBCも凄いとは聞くが、BNAの魔法技術は桁違いだ。
「そうだ。君がヒーローと呼んでくれるなら、僕はウィルと呼んでもいいだろうか?」
「え?」
思わぬ申し出に思わず目をぱちくりとさせる。
「良いけど……俺は別に、四六時中ヒーローと呼ぶつもりじゃ」
「本当か!? ウィル、ウィル、ウィル……うむ!いい響きだ!」
「ちょっと……」
聞いてないし。あと恥ずかしいからやめてくれ。
ははは!!と燃えるような赤髪を揺らして笑うヒロくん。薄い色の髪が多いこの国では、こんな濃く鮮やかな髪は珍しい。
……あ、そうだ。
「改めて。ウィルス・ディアモンドだ、よろしく」
ジミィの時は相手から名乗ってもらったので、今度は俺から名乗ることにした。
「うむ!ヒロ・シェ・オイナクルミだ!こちらこそよろしく頼む!」
思った以上に独特な名前をしていて驚いたが、笑顔で握手を交わす。やはり外国人なんだろう。
「新入生の皆さん。今度こそご入学おめでとう!皆さん式典服がよくお似合いです。いやぁ〜、私ってばデザインセンスも凄い!流石私」
変わらず自信満々な学園長が祝辞を述べる。ホールいっぱいに長机と椅子がズラっと並べられていて、立ちっぱだった昨日より随分楽だ。教師陣や各寮長の紹介などもあったので、睡魔が来るまでの気は抜けなかったけど。
「さて。では皆さん、堅苦しい話は終わりにして、乾杯しましょう。手元のグラスを手に取って!」
パンっと学園長が一つ手を叩くと、長机に一人一杯のワインが出現した。
「あなた方の新生活が良いものであるように!乾杯!」
乾杯!
ホール中に声が響き、楽しそうな笑い声で包まれる。
「ウィル、これはなんの飲み物だい?こんな神秘的な色の飲み物は初めてだ!」
「ワインだよ。葡萄から作られてるお酒。……ん、美味しい」
アルコール度数は低いが、ジュースとは全く異なるこの味わい。もしやこれも魔法から作られたものなのか?
「お酒なのか!祖国では白濁酒しか見た事がないよ!ごくごく、うむ!実に美味しい!」
「は、はくだく?」
なにそれ。
「ではでは、皆さんお待ちかね。寮の組み分けを行いたいと思います!」
学園長の言葉に、新入生達が歓声をあげる。確かにお待ちかねだ。
「組み分けは貴方の本質と、水鏡次第。行きたい寮になるとは限りませんから、そこんとこよろしくお願いしますね」
ホールの中央ステージ真ん中に位置された『水鏡』は、一見普通の鏡に見えた。
「なんだ!?鏡面が波立たっているぞ!」
ヒロくんの言う通り、鏡の部分が水面のようにゆらゆらと動いている。どういう仕組みなんだ……。
「さあそっちのテーブルから順番に分けますよ!分けられた生徒は、横に掃けて、押さないでくださいね」
がやがやとまた騒がしくなるホール。
ヒロくんは常目をキラキラさせ、あれは何かこれは何かと周りについて沢山尋ねてきた。
「ウィルはどこに行きたいとか無いのか?」
「うーん……策謀家でもないし、野心家でもないし、向上心も微妙だし……ガーネット辺りだと嬉しいかもしれない」
同じ『ウィル』呼びをされていても、ヒロくんにはルーカスよりずっと喋りやすい。これは友達というやつか。
ぼっち回避の嬉しさを噛み締めているうちに、このテーブルの順番になったようだ。