『疑惑のメジャーメント』2
「それは考えた。しかし、陛下曰くどの文献を見ても最初の測定士となった者の出身、没年が不明らしい」
「な、なんですかそれ……ヒェエ……」
「不老不死か、または時間を行き来できるとんでも体質か……どちらにしても嫌ですね」
『測定』の話だけでここまでスケールが広がると、もうわけがわからない。
「とにかく。卒業後俺と殿下、そしてクリフは
『測定における真の目的』『最初の測定士について』『学園長について』の3つについて調べるつもりということだ」
「副寮長もですか?」
「ああ。あやつは俺が家で雇うことにしたからな」
じゃあ、カルサイト家に行ったら会えるのか。
これちょっと嬉しい誤算だ。
「学園長も調べるのかい? 確かに妙な人だとは思うけど今の話には関係なさそうだったよ」
「それは別件だ。悪魔に関わっていれば国家犯罪級だからな、こっちはSBCの学園長からの依頼も含んでいる」
新しい人物が出てきてしまった。
しかもSBCって。
「向こうの学園長は白黒ハッキリつけたいそうだ。BNA学園長が危険な人物か、それともただの怪しいオジサンか」
「怪しいオジサン」
イルゼは無言でケーキを食べていて、なにも聞いてないフリをしている。
もし調べられていると知った学園長が探りを入れるとしたら、真っ先に養子の彼に矛先が向くだろうから仕方ない。
「……とまあ、これについては終いにしよう。今は茶を楽しんでくれ」
「そうですね。……あ、でもそういう調査をするってことは就職するわけじゃないんですか?」
『Danger』家系とは言っていたけど就職場所が無いわけじゃないだろうに。
「父が存命のうちは殿下の仕事の手伝いをすることになるな」
「王族にも仕事があるのかい? 」
驚いた顔のヒロは、信じられないとばかりに口にした。向こうの王族……ヒロの兄達は、国民の相談などを神祠として聞いたり祈ったりする程度で、こちらでいうような仕事は全くしないらしい。
「そうだ。まあ王太子ではないからほぼ暇だな、調査があやつの仕事みたいなものだ」
「暇……」
お茶会も終盤だ。
最後の挨拶の準備をするため、寮長は立ち上がる。
「……残り4年も、しっかりな」
「はい。ありがとうございました」
その後は、次年度の寮長と副寮長の発表があって。
他寮長に新4年生が多いからか、寮長が指名したのも新4年生だった。副寮長は新5年生。
ヒロは「ウィルにすればいいのに」と抜かしていたが、百歩譲って俺が寮長になるのは早くても4年生くらいだろう。というかそうであってほしい。
「その時はヒロかイルゼを副寮長にしようか?」
「結構だよ」
「結構です」
「即答しないでよ……」
*
さて9月までの長めの夏休みが始まったわけだが、進級を控える俺の最初の仕事は……
「「「お誕生日おめでとう!」」」
と一斉に祝われること。
7月25日、今日は俺の16歳の誕生日。
「ありがとう」
「貴方は沢山プレゼントを貰ってもしまい込みそうだから。全員で1つ選ぼうって相談しましたのよ」
エルザ嬢が紫色のリボンがかけられた箱を俺に手渡す。ここはアクアマリン寮の喫茶トレゾール、去年関わったほぼ全員が集まっていた。
ガーネット寮のフリッツくんも、昨日くらいに遭遇したとき
『お前明日誕生日って? 先に言っとくわ、おめでとう』
と律儀にお祝いしてくれた。
「開けていいかな?」
「もちろん」
実家で形だけ行われていたパーティとは比べ程にならないほどの幸せに包まれながら、柄にもなくソワソワしながら尋ねてしまった。
「……!」
ネクタイとかそういうのかな、と勝手に思っていたら予想以上に凝ったものが出てきた。
柔らかい色味の、上品な腕時計だ。
「凄い! なにこれ、皆で買ったの?」
「作ったんスよ。うちの親父に頼んでオーダーメイドで!」
「えっ、ジミィの実家で!?」
腕時計が未所持なのを知っていたイルゼが提案し、市販のものならいつでも買えるからと凝ったデザインのオーダーメイドにしてくれたらしい。
デザイン案はカルセドニー双子、色味はエルザ嬢。
工房提供がジミィ。
「その文字盤の石は僕が仕入れたんだよ!」
「そうなの?」
文字盤は薄い紫色の翡翠だそうだ。買ったというより掘ったというのがヒロらしいなと思う。
「凄いなぁ……ありがとう、何で返せばいいかわかんないや」
「ウィルス様にはいつもご贔屓にして貰っておりますので」
「当然のことです」
ディルクくんに続きデボラ嬢が微笑む。彼女が失恋したことで悲しんでいる様子は今のところ見受けられないので、少し安心した。
腕時計をつけてみると、文字盤の艶やかさや装飾の繊細さに驚いた。落ち着いた薄いゴールドの針とフレームは俺の髪色に合わせてくれているらしい。
「あの、ウィルス様……荷物が届いてるそうです」
「ああ。ちょっと持ってきて」
イルゼがおずおずと顔を出して、荷物を2つ持ってきた。……2つ?
「ルーカスからだと思うんだけど……2つ?」
「開けてみたらどうですの?」
エルザ嬢に促され、1つ目に手をかける。こちらはルーカスからの誕生日プレゼントで、高いレターセットと万年筆が入っていた。ついでに親の筆跡の手紙も。
「うっわ!! それ首都の高級店の万年筆ッスよ!」
「あら、こっちのレターセットも最近人気のものですね」
ジミィとデボラ嬢が凝視しているが、俺は内心ため息をついた。これ、手紙寄越せってことでしょ。こっちの親からの手紙はあとで読むことにして、もう1つを開けてみることにした。
「これはなんだい?」
「こ、これ美術品のポストカードでは? あの、かなり有名でレアなものとお聞きしたことが……」
イルゼの言う通り、著名な画家の作品をそのままポストカードにしたもの。こういうの確かに俺は凄く好き、なんだけど……一体誰が。
「添えられているそれは手紙では?」
「あ、ホントだ」
薄ピンクの折りたたまれただけの手紙は、ルーカスと似たやたら綺麗な字でこう書かれていた。
『拝啓親愛なるお兄様、お誕生日おめでとうございます。ルーカスお兄様もうるさいし、早く帰ってきてほしいわ。年末の約束、覚えてますよね? 今度こそ私と沢山お話してくださいね!
P.S.お返事、待ってますからね。くれないと恨みますよ!』
……。
「もしかして妹さんッスか?」
「うん。急に話しかけてくるようになったんだよね」
「可愛い子じゃない。お手紙までつけて……返事をちゃんと書いてあげて下さいまし?」
エルザ嬢ににやりと釘を刺される。
「わかったよ……」
「さ、細かいことはあとにして。さっぱりレモンのケーキなどいかがです?」
「ソーダもありますよ」
厨房から双子が声をかけてくる。
卒業式の日のお茶会ぶりのご馳走だ、有難く頂くことにしよう。




