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『私怨ばかりのスポーツデー』


「美味しい」

「それは良かったです」


にっこり笑ったのはディルクくん。春休み前ぶりだ。

アクアマリンのカフェ……『喫茶トレゾール』は盛況、従業員の負担にならない程度に新メニューが追加されて言っている。

 エルザ嬢達は俺の名前を使ったおかげだと言うがきっとそんなことはない。


「……おや。寮長が帰ってきたようです」

「寮長さん?」


一応ディルクくんとデボラ嬢はカフェの責任者にあたる。その為寮長さんにも齢1年生にして顔が割れているようで。


「やあ、首尾はどうだい? ディルクくん」

「お陰様で。ねえ姉さん」

「ええ、ディルク」


ホールを担当していたデボラ嬢も出てきて寮長さんに挨拶していた。


「……おや? おやおやおや?」

「!?」


急にその寮長さんの顔が目の前ににゅっと出てきて、腰を抜かしてしまった。

 隣のヒロやジミィも目をぎょっとさせて彼を見ている。



「もしかしてウィルス・ディアモンドくんかな?」

「へっ、」


そ、そうですけど。

 なんだか笑顔が怖くて上半身だけ仰け反って答えたが、寮長さんは「成程成程」と全く身を引く気配がない。


「あ、あの……」

「ここの寮長か知らないけど、今すぐウィルから離れろ」


ヒロがドスを効かせた声で言ってようやく寮長さんは離れてくれた。


「優秀な部下を持っているみたいだね。流石レーオンハルトさんをボコボコにしただけはある」

「待って下さい」


ボコボコ?


「でん……レーオンハルト様をボコボコに?俺が?」

「ああ、失敬。煙管で殴って蹴って噛んだだけか」


悪意のある言い方だ……。


「寮長、お得意様に機嫌を損ねられると困るのは私達なのですが」

「ごめんごめん。

改めて、僕はアクアマリン寮長バルタザール。3年生だよ。よろしくね」


握手を求められ、渋々応じると相変わらずの笑顔で返された。

なんだろう……学園長と似た胡散臭さを感じる。



「さっきスポーツデーについて寮長会議があってね、肩が凝っちゃった。相席しても?」

「え、あ、はい」


有無を言わせぬ迫力に押され了承したが、ヒロ達に耳打ちされた。


「絶対胡散臭いよ!あの寮長」

「まーた変な事に巻き込まれるッスよ!」

「まあまあ」


イルゼに至っては不安からか震えているだけと、いつも通りの光景だ。

 バルタザールさんは注文したコーヒーを一口飲んでからこちらに向き直った。


「いや〜。僕としてはぜひレーオンハルトさんに勝った時のことを聞きたいんだけど」

「嫌です」


自分でも驚くくらいスルッと拒否反応が出た。

 もう思い出したくないというか……絞められている時の恐怖が再生されるから遠慮したい。


「おや、そんなに辛い闘いだったのか。レーオンハルトさんは怠惰な方だが決して弱いわけではない。

どうして1年生の君が勝てたか気になるんだけどな」

「あの人が油断してただけです」


それだけ答える。


「……聞いているより無口な子だ。もしかして嫌われてる?」

「別に。これが通常運転です」


これは本当。

 ヒロ達と居ると確かに口数は増えるが、知らない人に囲まれたりルーカス相手だと必要最低限のことしか話さない。


「うむ。そういえば初対面の時はこんな感じだった気がしなくもないよ」

「わ、私の時はそうでもありませんでしたけど……」


イルゼは、最初ヒロに殴られかけてたから止めるのに必死で……。


「そう、相手によるのかな。……それより、もうすぐスポーツデーだけど。お気の毒だねディアモンドくん」

「どういう意味でしょうか」


苗字で呼ぶなと言いたくなるのを堪え、気にとめてないように聞き返す。


「ああ! そうだった、1年生だから初めてなんだったね。 知らないのも無理ないね」

「……はっきり言ったらどうッスか、あんた」


今度はジミィが唸るように問うと、バルタザールさんはメガネを『くいっ』としてやたら重大そうに言った。


「BNAのスポーツデー、それは!

 あの忌々しいセイントブルーカレッジ……SBCとの学園対抗イベント!! なのだよ!」


……。


「は?」





「副寮長、手紙来てませんか」

「おっウィルスくんすごーい。来てるよん」


ありがとうございます。と無機質に言ってから、半ば破るように封を切る。

 差出人はやはりルーカス。



『元気にやっているかな? こちらは家族皆元気です。(近況報告略)

 ところでもうすぐスポーツデーだね。ウィルと戦えることを凄く凄く楽しみにしています。お互い頑張ろうね。

 P.S. 今年はなんだか王太子がとても張り切ってるんだよね。お前も無茶して熱を出さないようにね。』



やっぱり知ってたのか。


「おのれ……」

「だ、大丈夫ですか……?」


バルタザールさんに聞いてから店を飛び出し寮に直行、嫌な予感的中しルーカスの手紙を受け取ったわけだが。

 大丈夫ではない。


「この追伸は……王太子って?」

「レーオンハルト殿下の弟さんのことだよ。そういえば言ってなかったね」

「そうなのか、僕の兄上と同じ立ち位置なんだね。なぜ張り切っているのかな?」

「お兄さんと社交界以外で会えるのが嬉しいんじゃない?」


多分。

ルーカスはレーオンハルト殿下がBNAに行っていることは知らないから……って、


「どうしてバレなかったんだ?」

「ああ、あの方去年までは学校行事も全部サボっていましたからねぇ……弟さんしか知らないのは無理ないですよ」


まあスポーツデーについては学園で開催されるわけじゃないので分かりませんけど、と付け足すイルゼ。

 BNAは空飛ぶ馬車の時点で色々アウトなので、スポーツデーのみスタンドや地形が安定したSBCで行われるらしい。

そういえばこの学園のグラウンド、スタンドないからね。広いけど地面も結構傾斜がついてるとこもあるし。


「……BNA生全員でSBCに大移動するってわけ?」

「敵地へ正面突破させられる特攻兵みたいな感じッスね。普通に嫌ッス」

「でも移動にも水鏡を使うんだろう? 馬車だけ隠す意味はあるのかい?」


あ、そういえば。


「ルーカスがSBCは転移魔法陣を使うって言ってた気がする。その体で移動するんじゃない?」

「魔法陣……ふふふ、首都の方々は随分と面倒なものをお使いのようですねぇ。 こちらの技術を教えて差しあげたいくらいです…… ♪」


得意分野では結構調子に乗るね、イルゼ。


「というか、イルゼは水鏡の転移魔法使えるの?」

「いえ。あれはおじさまの人生をかけて完成された『固有魔法』……養子の私でも真似などとても出来ません。すみません……」

「こゆーまほう?」


ヒロが「???」と首を傾げる。

 気持ちは分かるが……何となく想像が出来なくはない。


「3年生で習う筈ですよ。BNAの卒業課題は『固有魔法の確立』だったはずですし……」

「卒業課題とかあるんスか!?」


なんだか今日の情報量が多いんだけど。

 しかし既に分かるのは、スポーツデーは地獄の1日となりそう……ということだ。

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