『全力ファイティング』
1月、第1週目の夜。
俺はようやく実家から学園に戻ることとなった。
小躍りでもしたい気分で軽い荷物を持った俺に対してルーカスはしょんぼりしている。
「そんな顔しても戻るからね?」
「うん……でも春休みは帰ってこないんでしょ?」
そう、勉強に集中するを言い訳に俺は春休みと夏休みは帰省しないと宣言した。
これから1年間の安寧が保たれるのはすこぶる気分が良い。
ガラガラと黒馬車が到着したのを窓から確認し、部屋から出る。
「……!?」
「あれ、どうしたの?フェリーシア」
思わず後退してしまった。
休み中食事の時にしか顔を合わすことのなかった妹が、柱の影からじっと覗いていたからだ。
ルーカスが親しげに呼びかけると、妹は思い切ったように柱から姿を現す。
「お兄様に、お別れの挨拶がしたくって」
「へ?」
フェリーシア、という大層な名前を付けられた12歳の少女は、たしかに俺の方を見てハッキリ『お兄様』と言った。
「お、お別れって……そんな大層な」
「次に会えるのは1年後でしょう? 十分大層ですわ。何でか全然話しかけてくれませんし。避けてますよね?」
それは俺が避けていたというより、両親がお前を俺と会わせないように避けていたんだけど……。
思ったよりハキハキものを言うタイプらしい彼女に狼狽える。いや、この兄弟の中で育てばそうなるか……?
「避けてはない、けど」
「本当?」
「避ける理由がないし」
『お兄様』になることへの困惑からしどろもどろに答えると、妹は花のような笑顔を咲かせた。
からかうように高いドレスの裾をゆらゆらとさせ、俺と同じ淡い紫色の瞳をキラキラと瞬かせる。
「……もう行かないと」
面食らってしまい、彼女を追い抜かして玄関の方へと向かう。すると、ルーカスと一緒に妹もちょこちょことついてくるのだ。
し、使用人の支線が痛い……! ただでさえルーカスがオーラを出しているのに妹まで来られると屋敷の視線が集中する。
「2週間ぶりです。……おや、今日は小さなレディまで? ご機嫌よう」
気持ちでは逃げながら足早に外に出ると、学園長の分身がおどけたように言った。
「ご機嫌よう、御者のおじさま」
「……ちょっと。さっさと出発しますよ」
若い女の子には弱いのか、ちょっと鼻の下を伸ばしている御者に釘を刺す。とっとと出せ学園長め。
荷物を投げるように渡せば「はいは〜い」と舐めた態度で馬車へと戻っていった。
「またね!」
ルーカスが妹と一緒に並んで微笑む様に、間を置いて頷く。
「次はたくさん、私とお話してくださいね」
笑いながら、でも本気の目をしながらフェリーシアが念を押してくる。急に話しかけてきたと思ったら、どういう風の吹き回しなんだ?
「手紙書くね〜」
「要らないよ」
俺が乗ってすぐに走り出す真っ黒な馬車。
最後に聞こえたルーカスの言葉に噛み付くように答える時には、もう屋敷の門から出ていた。
「……可愛い妹さんですねえ」
「うるさいよ」
*
学園につけば、入学式前の時のように朝になっていて。
「ウィル〜〜!!」
「ヒロ!?」
降りた途端、校舎の窓から箒でヒロがダイブして来た。
すんなり箒を乗りこなして着地したため、受け止める必要が無かったのが救いだ。
「会いたかったよウィル! イルゼにコツを教えて貰ってさらに上手くなったんだ、君にも一番に見せたくてね!」
「そうなんだ。凄いね」
するりと漏れた実直な言葉に「ありがとう!」と喜ぶ姿を見て、顔がほころぶ。
社交界ではぐちぐちと余計なものを貼り付けて褒めないと適当にあしらわれている感じに捉えられてしまうから、無駄に頭を使うのだ。
けど此処にはそんなルールは存在せず、俺らしい言葉で相手に伝えることが出来る。
「ありがとね」
「……? あ、イルゼは寮で待っているよ!一緒に行こう!」
「うん」
実家でずっと気を張っていたからか、ちょっと疲れているみたいだ。
気の抜けた声しか出ない自分に苦笑いしながら水鏡の間へと向かう。
「ジミィはまだみたいだね」
「うむ、きっと明日の始業式で会えるだろうね」
杖の通信機能を3人まとめて教えてあげようと思ってたんだけど。
「……どうしたんだい? 長旅で疲れたのかな。元気がないように見えるよ」
「えっ」
通信機能のことを思い出したら、必然的にそれを教えてくれたレーオンハルト殿下のことも思い出したわけで。
『お前は凄いよ』と、ハッキリ言われたのを今更咀嚼して、変な気持ちになっていたのだ。
「大丈夫。それより、聞いてくれる? 教えてもらったんだけど……」
凄い。
ヒロ達に言われたときは無意識にそのワードを除外していたような気もする。自分にはそんなこと言われる価値がないと思っていたからか。
けど、いつもフラフラヘラヘラしている殿下に『お前は凄い』と言われた。
悔しいけどあの人は暴走しこそすれど馬鹿でもないし堅物でもない。本人に言えば怒られるけど、王になる器は充分持っている人だ。
そんな人に『凄い』と言われて、素直に喜んでいる自分も憎らしいがそれ以上に感慨深い気持ちになっている……気がする。
「……信じてあげなくもないかも」
許してやるつもりは無いけど、さ。
その言葉だけは信じてみたいと思うのだ、俺のためにも。




