『Danger』5
「……お前がそこまで言うなら。わかった、好きにしろ」
父親がやや投げやりに言った。
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
あれから数日、ようやく父親に全寮制に通う許可が貰えた。あと二週間ほどで入学手続きが始まるらしく、ギリギリだったようだ。
あの図書館の『ヒーロー』くんには感謝しないと……
ルーカスと共に一礼してから部屋を出て、自室に戻るべく歩き出す。
「ルーカスは部屋に戻らないのか」
「ああ、剣の稽古がしたくてね。カイルも今の時間なら居るだろうし」
魔法が存在するこの国だが、魔法師は最前線向きではないため騎士の存在も必要不可欠だ。警護などだけでなく、見た目が映えるので煌びやかな凱旋パレードのお供にも欠かせない。
「ウィルも来る?」
「そんなわけないだろう」
分厚い本一冊で悲鳴をあげる腕で真剣が持てるわけがない。
つれないなぁと笑いながら、ルーカスは俺の頬を突っついた。
この間から意識して多少口数を増やしているのだが、そのことが随分嬉しいらしい。こいつが話しかけてくる回数も大分増えた。
迷惑な話だが、どうやらこのおかげで使用人の間では『美しい兄弟愛』『ウィルス様が唯一心を許した人』『流石ルーカス様』という感じで俺の心象が上がったようだ。
前まで全く接点の無かった妹が両親の前でルーカスと俺の話題を出したことで、ちょっとした美談となっているらしい。
「おや、噂をすれば」
ルーカスが指した方向には、笑顔でこちらに走ってくるカイルの姿が見えた。
……笑顔で?
「兄上!」
「ウッ」
俺を思いっきり突き飛ばして、ついでに足も踏んで弟はルーカスに抱きついた。
「兄上、今日も稽古を付けてくださるのですか!」
「もちろん」
5歳差と少し離れているからか、この2人は随分仲がいい。
「……あ、なんだ。お前もいたのかよ」
この態度の差。
これだから依怙贔屓な家族っていうものは好きになれない。
「じゃあ俺はここで」
「あ、そうだウィル」
踏まれた足の痛みも引いたので、踵を返したがルーカスに呼び止められた。
「……何?」
「わかってるとは思うけど、具体的にどこの魔法学園にいくのか二週間後までに決めておいてね」
あ、そうか。
二週間後に入学手続きが始まるのは当初予定していた学園だけじゃない。
「わかった、ありがとう」
まず執事に言いつけてパンフレットを集めてもらって。自分でも書庫で調べないと。
すっかり調べ物の要領を得た俺は、特に何も考えずそう思った。
「……兄上」
「ん?」
「ウィルスは兄上と同じ学園ではないのですか」
「うん。ちょっとね」
「ふーん……」
*
「意外と無いな、全寮制の学園」
自宅通学制の学園は100校を余裕で超えるのに、30校ほどしか集まらなかった。
やはり貴族に需要があまりないのだろうか。
パンフレットをいちいち確認するのもなかなか楽しいものだ。……あ、女子の制服だけやたら可愛いな此処。俺は別に、学力がそこそこあって家から遠ければ何でもいいが。
自室のベッドでごろごろしながら黙々と眺めていると、ふとあるものに目がとまった。
「ブライウェルナイトアカデミー?」
妙に聞き覚えがある。
……あ、
『僕はBNAに通おうと思うんだ!』
もしかして、あれは此処の略称か?
ざっとしか目を通していなかったページに戻って確認する。……『本校の略称はBNA』と確かに書いているな。
「あの『ヒーロー』くんが特別行きたがる所には見えないが……」
まあ、彼のことなど名前しか知らないのだが。
『全寮制の男女共学校ゆえ、不純な事態を避けるべく寮のセキュリティは強固なものとなっている』
『生徒は全員五つの寮で分けられ、学校行事も体育大会を除き寮対抗で行われる』
『学園は絶海を掲げる崖の上に位置するため、外部からの侵入も滅多になく……安心して御子息・御令嬢をお送り頂けます』
地図や写真を見ると確かに険しい崖の上に学園がそびえ立って……いるが。
「デカいな」
学園って感じではない。辺境伯の本宅さながらの城だ。
ルーカスの通っている学園でさえもっと小さかった気がする。もしかして管理者は王族なんだろうか。
しかも家から隣国にも等しい距離にある。全寮制だから日常気にする事は無いだろうが、帰省するとなったらどうなるのだろう。
高級な転移魔法陣のキャパシティをもってしても、一回ではせいぜいド田舎に着くぐらいだろう。
学力も高めのようだし条件的にも惹かれるが、片道分の費用がかなり高くつくな……。
と、仕方ないと諦めてパンフレットを閉じようとした時
『本校では外国人の生徒も多いため、『測定』結果については重要視しておらず『Expect』も『Danger』も、全く平等な教育と指導を約束いたします』
という文字に目が止まった。
普通、パンフレットにこんなことは書かない。この国では『Expect』に近いほど待遇が良くなるのは当たり前だし、なによりあまり外国人が歓迎されない。特に隣国は過去に起きた戦争で野蛮な者という印象が強いのだ。
わざわざ書くということは本当に外国人生徒が多いか、余程の自信があるということか。
「外国人……」
なら、仲良くなれば向こうの文字を教えて貰えるかもしれない。言語は一緒なんだから、聞けば向こうの国に追放された『Danger』達についても答えてくれるかも。
「いいかもしれない」
『自分のために勉強する』んだから、行きたいと思えるところに行った方がいい。
念の為他のパンフレットも目を通したが、やはり外国人を広く受け入れている学園は少ないようだ。
入学は秋。あと半年ある。
貴族は特に何も制限なく魔法学園に入れるはずだが、流石にテストくらいはあるはず。
良いスタートダッシュを決めなければ父親がうるさいだろうし、勉強し直さないと。
「よし……」
そうと決めたら、今日から図書館に通わなければ。
……『ヒーロー』くんにも会えるかもしれないし。