『Danger』4
「…っ!?」
予想外すぎて、前につんのめって階段から落ちかける。
「大丈夫!?驚かせてしまったね」
光の速さで駆けつけてきた声の主は俺を優しくホールドして、心配げに顔を覗き込んだ。
「ル、ルーカス……」
なんでここに。
「ごめんね。放課後に大神殿の図書館に来たらもう1つうちの馬車があるんだからびっくりしちゃった。ウィルスも何か調べ物?」
ニコッと微笑んで、恋人にするみたいに優しく俺の頬を撫でるルーカス。
「ちょっとね」
さりげなく手を払いながら、階段を連れ立って降りきる。なんでよりによって今会うんだ……
「今から帰るの? 俺は借りた本を返すだけなんだ、一緒に帰ろう!」
「え」
善意100%の笑顔を真正面から向けられてたじろぐ。
はっきり断ることも出来ず、目を泳がせているうちにルーカスはさっさとカウンターに行ってしまった。
「お待たせ。じゃあ行こう!」
本当にすぐ用が終わり、ルーカスは変わらず笑顔で戻ってきた。
ついでに俺の手を握ろうとしてきたので流石に避ける。もう1人の弟とは違うんだぞ。
「なんだか一緒に帰るって新鮮だね」
「カイルが剣術大会に出るんだって」
「母上の新しいドレスのデザイナーがね」
目を細めて色々話しかけてくるルーカスに、適当に答える。弟のことはまだしも母親のデザイナーの話とか興味無いんだが。
「一緒に乗ろう!」
「え゛」
折角馬車を待たせていたのに、ルーカスのに同乗したせいで使わなかった。ごめんな御者、散々待たせてたのに。
「……」
「……」
なぜか、強引に乗せたわりには押し黙っているルーカス。
それはそれで気まずくて、俺も窓の外をぼうっと眺めていた。
「あのさ……ウィル。『測定』の話なんだけど」
ああ、そのこと。おおむね想定内の話でむしろほっとした。
「別に気にしてない。成人までに『Normal』にする」
「するって言ったって……俺は、お前だって『Expect』だと思ってるのに」
その言葉に思わず顔をしかめる。
いくら人が良い兄からのでも受け取れない言葉だ。本心だとすれば盲目にもほどがある。こんな俺が『Expect』なわけがない。
「あの測定士のこと、父上に内緒で調べてみたんだけど……やっぱり、特徴からして有名な測定士に変わりはないらしい。王太子からも聞けたよ」
「身内の話に王族を巻き込んだのか!?」
思わず飛び上がって兄を凝視した。王太子殿下がルーカスと友達なのは知ってたけれど、こんな話に巻き込むなんて迷惑だろうに。
「友人として答えてもらったんだ! ……ごめんウィル。俺には兄としての私見でしか証明出来なかった……ディアモンド家の君が、俺の弟が、『Danger』なんて有り得ないのに!」
項垂れるルーカス。俺以上に『測定』結果に不満を持っていることにも動揺したが、それより
「……ああ、そうですか。結局お前は、俺を『ディアモンドのウィルス』としか見てないんだな」
『ディアモンドの君が』、という言葉に心底腹が立った。
「いつもそうだ。侯爵も夫人も、お前達も、家のことしか見ない。『家に有益か否か』でしか見ない。何も益をもたらせない俺は邪魔者だ、家族じゃない」
何が家だ。
何が才能だ。
「ウィル、父上達をそんな、他人みたいに言うなんて」
「分別が着いたころから、あの人たちのことを親とは思ってないし、それに」
ああもう、ぐちゃぐちゃだ。言いたいことは沢山あるのにまとまらない。
「……こんなんだから、『Danger』なんだろ。自分がいかに不利益で嫌な奴なことくらい、分かるよ」
結局自嘲で収めてしまった。
ルーカスは純粋だ。罵れば罵るほど、真っ直ぐな視線で貫き返してくる。そんな反則技を食らうくらいなら、自分でダメージを負った方が傷は浅い。
「俺、全寮制の学園に行きたいんだ」
「え?」
突然の話題転換に面食らったのか、ルーカスはあんぐりと口を開けている。
「5年間、1人で勉強する。自分のために勉強したいんだ」
父親に直談判したとしても、俺の提案は「貴族が他階層と混じって暮らす全寮制だなんて、体裁が悪い」と跳ね除けられるだろう。
でもルーカスが支持すれば。渋々ではあるが協力してもらうしかない。なんとか説得して……
「そっか。わかった」
「えっ」
意外なことに、何も問いただされることなく了承された。うっかり驚きの言葉が口から漏れた。
俺の動揺が伝わったのか、ルーカスは少し寂しげに微笑んだ。
「ウィルは全然、自分から『こうしたい』って言わないから。父上がウィルにだけ厳しいのは昔からだしね、こういう時こそお兄ちゃんにならないと」
続いてごめんね、と謝りながら、優しすぎる兄は俺の手を取った。
「家が、なんて言ってごめん。でも本当に」
微笑みを打ち消し、今まで見た中で一番真剣な顔でルーカスは言う。
「……信じてるよ。お前のこと」
ききっ、と軽い音を立てて馬車が止まる。
すぐに扉が開けられて胸いっぱいの青空が広がった。
「ちょっとびっくりしたな」
「え?」
屋敷へ続くポーチの途中、ルーカスは突然話を振ってきた。
「ウィルって今まで言い返したりしてきたこと無かったから。普段の口数も少ないし、あんまり話すのが好きじゃないのかなーとは思ってたんだけど」
え。
口数、少ないか?
心内語は結構うるさいと自覚しているのだが、口数が少ないとは初めて言われた。
もしかしてそのせいで、影キノコとか意味不明とか陰口を言われていたのか……?
「これからはお兄ちゃんにもっともっとお喋りしてほしいな!学園に行ったらそもそも会える機会が無くなるんだから」
ニコニコするあまり一人称まで変化しているルーカスに、「はは……」と乾いた笑いしか出なかった。




