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『貴族の義務』


「また負けちゃいましたねぇ……」

「ほんとだよ……」


あれから数時間後。

魔法コロシアムで善戦をあげたBNA。しかし結果はまたしても僅差で敗北、47連敗という結果になった。


そんなわけで、すっかり寮はお通夜モード。

今年卒業の5年生の先輩は特に落ち込んでいるようで、4年生の寮長が励ましてまわっていた。


「……悔しいですね」


メルルの呟きにヒロが「うむうむ」と光速で頷く。

ここまで勝てないとなると、いっその事50連敗をキメた方が話題になるのかもしれないとすら思える。

絶対嫌だが。


「ま、なんとか気を取り直して勉強しないとね。期末テスト頑張らないと」

「うぅ……魔法史、やっぱり寝てしまいましたし、今回は事前に何とかしないと……」

「イルゼは前回、魔法史だけ惨憺たる有り様だったからね!」


授業さえ聞いていれば、要領のいいイルゼはそれだけで点が取れそうなものだけど。

エルザ嬢から聞くにかなり大胆な寝方をしているらしい。


「あ。そういえば、オパール寮長が後で来てほしいって言ってたんだけど……俺になんの用だろう」

「オパール寮長がですか? 先輩、そんな方とも親交がおありなんですね」


少し驚いた様子のメルルに苦笑いで返す。

アベルさんを言い負かすために協力したとか、言わない方がいいだろう。


「とにかく着替えたことだし、さっさと行ってくる」

「僕も行くよ!」

「わ、私も……」

「いいけど、またジミィが拗ねないかな?」






「こここ、婚約!?」

「エルザが!?」


オパール寮に着いた俺達がブリュンヒルデさんから聞いたのは、エルザ嬢に本格的に婚約の話が来ているということだった。


「そうなの。ウィルスくんはご存知?」

「知ってたというか……実は、王太子が仄めかしていたと妹から聞いてはいました」

「そうなのかい? 知らなかったよ……」


まだ不確定だし、友達に噂として流すような内容じゃないしね。


「でも、ブリュンヒルデさんこそどうしてご存知で?」

「エルザちゃんから……と言えればよかったんだけど。バルタザールがね」


あぁ……と納得した雰囲気が漂う。

アクアマリン寮長のバルタザールさんは、本当にどっから情報持ってきてるんだ?


「……一応言っとくけど、別にあいつが勝手に聞きかじってきた事じゃないからね?

 デボラちゃんとディルクくんが相談してきたらしいの」

「えぇっ、私が言うのもなんですけど……どうしてバルタザールさんに相談なんて……」

「よっぽど気を揉んでる、って事なんでしょうね」


エルザ嬢に対しては敏感とはいえ、あの双子が相談するってことは。


「何か問題があったんですか?」

「ええ……あ、相手は悪くないらしいわ。でもエルザちゃんが上手く整理を付けられてないみたいで」

「なるほど。元気が無いのはそのせいだったんだね!」


思わず俺は考え込んでしまう。

エルザ嬢は俺なんかよりよっぽど責任感が強い。貴族の令嬢として婚約なんて覚悟はしていた筈だし、結婚すること自体にはさほどショックを受けたりはしないだろう。

どれだけ先方が急いでいてもお互い学園を卒業してからの結婚が常識だし、仮にエルザ嬢の好みではない相手だったとしても彼女は彼女なりに努力するはずだ。


「あ、でも、一人っ子のエルザさんが婚約ってことは……パパラチア伯爵家は先方に組み込まれる形になるんですか……?」

「う〜ん。そうなのかもね、エルザちゃんが落ち込むなんて早々無いし……」


ふわふわの銀髪を耳にかけながら、ブリュンヒルデさんは視線を落とす。


「いや。婿養子を探すことになっていると本人から聞いたよ」

「そうなんですか? うぅん、そういう事ならそこまで落ち込む要素はないように思えますけど……」


不思議そうなイルゼに俺は首を振って答える。


「いや、エルザ嬢は自分の家の事業は自分でやりたいと考えてるんだよ。婿養子を取ったら、その人が『当主』になる。

 もちろん物分りのいい人なら名義だけ預かって、エルザ嬢に任せてくれるかもしれないけど……」

「その期待があまり出来ない方なのかもしれないわねぇ。はぁ、どうしましょう」


ため息をついたブリュンヒルデさんは、ティーカップを置いて改めてこちらに言った。


「とにかく、貴方達にもエルザちゃんを励ます事に協力して欲しいの。本当は寮長の私がサポートしてあげたいんだけど……」


卒業式の準備で、各寮長達は忙しいのだろう。


「はい、分かりました。お役に立てるかはちょっと、微妙ですが」

「うむ! そういう事なら任せてほしいよ!」


イルゼもこくこくと頷く。

彼女には普段お世話になっているし、いつもしっかりしている人が落ち込んだままではこっちも調子が狂ってしまう。

友人として出来る限りの事はしてあげたい、そう言うとブリュンヒルデさんは安心したように微笑んだ。


「にしても……エルザ嬢もついに婚約か。俺もそろそろ何か言われそうだなぁ。はぁ、やだやだ」

「はっっ! ウィ、ウィルス様がご婚約……し、死んじゃいます! 今からでもショック死出来ますっ!」

「ふむ。僕も卒業したら故郷の誰かと結婚しろと言われるだろうけど。仕方ないね!」


俺が結婚したらイルゼに何が起こるっていうんだ……。ヒロの反応のあっさり具合にもビックリだけど。2人とも極端だよね。


「ブリュンヒルデさんこそ、隣国の王女様ですよね? ご婚約の話とか無いんですか?」

「ふふ、そうねぇ。私は王女っていっても第5王女だし、お姉様達が全員嫁いでからじゃないと分からないわ?

 王族っていっても北の国は民主的だから、この国みたいに貴族同士が政治的契約を結ぶ必要もあまりないのよね」


へぇ……と俺達3人から間抜けな声が出る。

民主的ってことは、王族や貴族が国を牛耳る……という事では無いのか。


「じゃあ俺達はそろそろ失礼します。ジミィがへそを曲げているかもしれないので」

「ふふふっ! そうね、早く行ってあげて。今日はありがとうね〜」




優しく見送られ、ウィルス達がオパール寮長の部屋から退出した頃……。



「ええ!!婚約ッスか!?」


ジミィもディルクから、婚約の話を聞かされていた。

 ちなみに別に拗ねてカフェに愚痴りに来たのではなく、単純にビジネスの用事でアクアマリン寮に訪れていたからである。


「しーっ。声が大きいですよジミィさん」

「ご、ごめんッス」


ディルクは肩を落として、更に物憂げに言った。


「私達としても、エルザ様があのように落ち込まれているのが心苦しくて……」

「まぁ、そうッスね。相手は誰なんスか? 同じ伯爵位の子息?」


プリンアラモードに手をつけながら、ジミィは尋ねる。個人名までは流石の彼も聞かないが、気になるものは気になる。


「それが……」

「侯爵家だそうです」

「! ね、姉さん」


一瞬躊躇ったディルクの横から、接客を終えたデボラが口を挟む。


「いいでしょうこのくらいなら。

……エルザ様のお父上、現パパラチア伯爵様が手紙にそう書いていたのですよ。侯爵のどこの家かまでは書いていらっしゃらなかったようですけど」

「はっはぁ〜。でも年頃の男がいる侯爵家なんて数が知れてるじゃないッスか」


貴族事情についてある程度の知識はあるジミィは、頭の中で侯爵家の図を思い浮かべる。

ディアモンド家を始め5門程度。相手なんてすぐに分かりそうだ。


「一番有力なのは、ご当主がパパラチア伯爵と仲の良いフローライト家……」

「フローライト家の次男であるヘンドリック様がかなり濃厚です」


双子の言葉に、ジミィはうんうんと納得する。

ジミィのデータベースによるとヘンドリック・フローライトはSBC生、さらに王太子のサロンの一員であったはずだ。


「伯爵はこの縁談にかなり有頂天になっているご様子で……」

「当人であるエルザ様の前で『これでパパラチア家は安泰だ!』とスキップまでしていらしたそうで……」

「うわぉ」


プリンを崩し、思わずジミィは呆れてしまった。

父親にとっては良縁かもしれないが、本人の意思はガン無視ということである。


「……伯爵は、本当にエルザ様のことを想っていらっしゃいます。お母上を亡くされたエルザ様のお気持ちを汲んで、再婚もなさっていませんし」

「上の家門と結婚させる事で、エルザ様の地位をより固めて差し上げようとしているのですわ」


双子のフォローを受け、ジミィは思わず唸ってしまう。親子のすれ違いは平民貴族関係なく起こりうるのか……。


「でもエルザさんの性格からして突っぱねているわけじゃないんでしょ? 一回王太子との縁談を振ってるし、そこら辺の筋は通す人だと思うんスけど」

「仰る通りです。エルザ様は努めて前向きに考えていらっしゃいます」


でもそれでも、双子がここまで心配するほど気落ちしているってことは。


「……あー、そっか!」

「はい。そういうことです」


フローライト家はかなり古典的だ。侯爵家という地位も勿論あるが、貴族の中でもかなりの古株。

エルザは自分の家の事業を自分で引き継ぎたいと思っているだろうが、そんなお堅い環境で育った子息が彼女のしたい通りにやらせてくれるとは思えない。

 それに、エルザの夢は女性初の外交官。

家を守るだけというのは、向上心の高い彼女には酷くつまらないものだろう。


「難しいッスね。そうなると俺も、卒業してからエルザさんに頼りたくても頼れないって事になりかねないな」

「私達も、エルザ様が嫌がる事をする方に誠心誠意仕えられそうにありません……」


悲しそうな顔をしたデボラ。

主人愛に溢れる姉の横顔を見ながら、ディルクも沈鬱に頷いた。



「ど〜したもんッスかねぇ……」

「どうしましょう……」



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