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『ホワイトな学園』7


「来たね風紀委員。SBC側の風紀委員と連携しつつ、順次パトロールを開始してくれ」


SBCの風紀委員……あ。


「貴女は春花祭の時の」

「あっ、ウィルス様!」


迷子になったイルゼを最初に保護してたお下げ髪の女生徒。


「先日は申し訳ございませんでした。お連れ様とは知らず……」

「いいですよ、別に」


彼女はグレーテル・ジャスパーと名乗った。ジャスパー家は子爵、ジュエル嬢とは同爵位のよしみで親友らしい。


「あのぉー……本日はイルゼ様は?」

「ちゃんと居ますよ。スタンドに」

「そうですか、ならよかったです!」


にっこり人懐っこい笑顔を浮かべたグレーテルさんに、思わず微笑する。

ルーカスが太陽ならば、彼女は言うなれば陽だまりのような暖かい優しさを持った人なのだろう。


「……あ! ルーカス様とはお話なさいましたか?」

「いえ。特に話す気もないです」

「そ、そうなのですか?」


目に見えて狼狽えたグレーテルさんに若干の罪悪感を抱いたので、努めて自然に彼女から離れることにした。


「では俺はパトロールに。また機会があれば社交界で」

「は、はい!さようなら!」


さて。

自分が言われたルートを延々とをうろつけばいいんだろうけど、普通に暇だな。

先輩でも誰でもいいから着いていけばよかった。



「エッグレースももうすぐ終わりか……」


休憩は少しなら自由に取っていいって聞いてるし、お手洗いにでも行くか。


___数十分後。



去年と同じく混んでいたお手洗いを後にし、自分のルートへ戻ろうと足を向ける。

グラウンドでは障害物競走が始まろうとしていた。


「ウィルス様!」

「エルザ嬢。あれ、保健委員じゃなかったけ?」


駆け寄ってきたエルザ嬢は、グラウンドの反対側を指さす。


「そうなのですけどっ! ちょっと来てください!両校間の揉め事が起きているんですっ」

「え? アベルさんとセンシアさんは?」

「お二人共今は競技に出場中なのですわ!」


いいから来てくれ!とばかりの本当に焦った様子に俺も駆け足で現場に向かう。


「他の風紀委員さんが止めようとはしてるのですけど、向こうの方はジュエル様のお味方をしてしまって。BNA側も血が上ってしまって収集がつかないんですの」

「おい実行委員……」


しっかりしてくださいよ全く。

ていうかまたジュエル嬢?本当に文字通りの社交界荒らしじゃないか。


「わたくしはあくまで保健委員。ウィルス様くらいしか止められそうにないのです」

「どういう信頼なの?」

「見てもらえば分かりますわ!」


案内されたのはスタンドからも見えにくい、SBC校舎内にあるお手洗いの前だった。

入り口で人が集まり、騒ぎに困惑する生徒の中をかき分けて進む。


「風紀委員です!通してください」


エルザ嬢が脅威の押しを見せ、人混みを抜けることに成功。

騒ぎの中心にいたのはジュエル嬢、そしてメルルだった。なんとか両者を宥めようとするルーカスやグレーテルさんの姿も見える。


「いつから私の姉になった気で居たのかしら!我慢ならないのよその態度!貴女もお父様も勝手にも程があるわ、恥を知ったらどうなの!?」

「そんな、私はただ仲良く___」


メルルの罵倒に少し涙目になっているジュエル嬢に変わって、数人のSBC生が言い返す。


「そっちこそ心が狭いのね!ジュエルがルーカス様とご婚約なさったのがそんなに羨ましいのかしら!」

「ラブラ子爵がリスクを承知でジュエルを連れてきたんだから、君にも彼女を憂慮する義務はあるはずだ」


エルザ嬢が「こういうわけなのです」と呆れたような目で俺を見たので、思わずため息をついてしまった。

確かにこのメンツじゃアベルさん達以外に収められる生徒は俺やエルザ嬢ぐらいしかいない。



「___ジュエル嬢側の皆さん、そしてメルル。一度深呼吸を」


手を叩いて注意を促すと、メルル達は驚いた顔をした。


「先輩!」

「ウィルス!」


ジュエル嬢の擁護をしていた生徒は俺が誰か分からないらしく、不審そうな目で見てきた。


「風紀委員のウィルス・ディアモンドです。両者言いたいことがあるのは分かりますが、すみやかに解散してください」

「でも先輩!」


普段大人しいメルルが食い下がる。


「あのねメルル。別に俺は、ジュエル嬢が悪いとか君が悪いとかつべこべ言うつもりは無いよ」

「だったら!」

「……ジュエル嬢もろとも処刑がお望み?」


少し皮肉気味に言うと、メルルはようやく我に返ったようだった。


「ジュエル嬢、貴女も少しご自分の複雑な事情を理解なさった方がいい。

 そもそもSBCとBNAは仲良しとは言えないんです、姉妹喧嘩は校内ではなく、どうぞご実家で思う存分してください」

「喧嘩なんて……」

「ラッキーでしたね、アベル委員長が競技中で。処刑なんてされたくないでしょう?貴女も、もちろんメルルも」


拗ねたように黙り込んだメルルを見て、あんまり役に立っていなかったルーカスが口を開いた。

……お前が上手く仲裁出来てたらこんな大騒ぎにはならなかったんだぞ。


「去年から思っていたんだけど。ウィル、『処刑』ってなんの比喩なんだい? 処罰?」


そうきたか。

上手い返しは無いかと思わず視線を逸らす。気づけば周りの関係ない生徒は殆ど居なくなっていた。


「そのまんまの意味だぜ。なぁ?ディアモンド」

「! フリッツくん」


そう助け舟を出したのは授業以外ではお久しぶりのフリッツくん。


「そのままって……」

「それともルーカスが体験してみる?」


まだ納得しきれていないルーカスに異論は認めないとばかりに聞くと、彼は渋々引いた。


「それじゃあ、メルルは俺の方で引き取るから」


フリッツくんと共に追い立てるようにメルルの後ろに立ち、スタンドの方へと向かう。


「……申し訳ありませんでした」

「いいってことよ! ムカつく気持ちは俺もめっちゃ分かるぜ」


まるで自分が助けたかのようなフリッツくんの振る舞いに苦笑しつつ、メルルをしっかり自陣へ送り届けた。


「フリッツくんはもう競技終わった?」

「おう。障害物競走の前の方だったんだよ」

「そっか。……にしても、ほんっとにアベルさんが居なくてよかった……」


絶対大変なことになった。

「やるといったらやる」人だから、普通に自分の学園でやるみたいに処刑発動させるはず。

そうなれば社交界も巻き込んで最悪な形で騒ぎになっていただろう。


「マジそうだよな。しかも、お前の兄貴……ルーカス様だっけ?すげぇ答えづらいこと聞いてくるし。

 乱闘にならなかっただけ、向こうの上品さに助けられたよな〜」

「もしかして最初からみてたの?」

「まぁな。いざとなりゃアベル寮長のとこへ走ろうとは思ってた」


意外と面倒見のいい……。いや、これは。


「あ、勘違いするなよー?お貴族様が処刑されるなら一番前で見たかっただけだからな!」

「あはは、そんな事だろうと思った。でもありがとう。エルザ嬢は持ち場に戻ったかな?」

「そうじゃねえの? パトロール頑張れよな!じゃっ」


軽く片手をあげてフリッツくんもスタンドへ帰っていった。

……はぁ。メルルもどうして、よりによってこの場で堪忍袋の緒が切れちゃったのか。

ルーカスにももうちょい婚約者の管理して欲しいよ。


「……戻るか」


スポーツデーはまだまだ続く。




「ふぅ。まさかこんな騒ぎになるとはね」

「すみません……」


しおれる婚約者に力ない微笑みを向けてから、ルーカスはBNAのスタンドの方へ顔を向けた。

半ば無理矢理とはいえ、さっきの大騒ぎを片付けてしまうとは。ルーカスは初めて弟の『外の顔』を見たような心地になった。


「……にしても、『処刑』って本当に何なんでしょうね」


グレーテルの呟きに思わずルーカスも唸ってしまう。

あんなに激昂していたメルルがすんなり引くぐらいの力を持った処罰……。


「とにかく、俺達は仕事に戻ろう。ジュエルも、もう大丈夫そう?」

「はい。ご心配をおかけして、すみませんでした」


謎を記憶の隅に追いやるように別の話題を持ち出し、ルーカスはなんとか生徒会の仕事に集中しようと努める。

……あ、


「ウィルに今年の誕生日プレゼントのこと聞きそびれた……!」

「もう、早く行きますよ副会長〜」

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