『Danger』
「ウィルス様の測定結果は…………『Danger』です」
広い居間で、水晶玉をかがけた女が呟く。
その結果に周りの大人達は視線を一斉に俺に向けた。
「『Danger』!?」「嫌ァっ」
「なんたることだ」「嘆かわしい」
使用人は口々に囁きあい、両親は俺を冷ややかな目で見ている。
「………………はい?」
当の自分である俺、ウィルス・ディアモンドは、理解及ばず間抜けな声を出した。
*
この世界の貴族には『測定』が必須だ。
『測定』とは、『国家に対する忠誠心、懐疑心、愛国心を測ること』。反乱や内戦が続いたこの国では、一部の魔法師が持つ特別なこの力で爵位を持つ貴族、王族を『測定』する制度が誕生した。
当然忠誠心が高い『Expect』、つまり将来国家に良い繁栄をもたらしてくれそうな貴族が好まれる。
その分逆に『Bad』……懐疑心や反抗心が強いと判断された者たちは、矯正指導という名の強い冷遇を受けるのだ。
最低値の『Danger』は既に反逆の可能性がある、と捉えられる。
つまり、俺は
「嘘だ…………」
これから地獄の中で生きていかねばならないという事だ。
「待ってください! 何かの間違いです!」
その時、冷たい視線から俺を庇うように立った者がいた。
「ウィルがそんな、『Danger』だなんて。俺には信じられません! 『測定』のやり直しを求めます」
大人達相手に、焦りながらもキッパリ主張するそいつ。
「しかしだね、ルーカス。その方は国の中でも著名な測定師だ。この水晶からも、確かに赤い光が……」
「父上! 父上だって分かるでしょう!? ウィルはそんな国家に反逆するような性格ではありません」
ルーカス・ディアモンド。俺の実兄だ。
「私を信じられないルーカス様のお気持ちも分かります。実の弟であるウィルス様が『Danger』など信じたくはないでしょう。私が今まで見てきた『Bad』の貴族様のご家族も同じことを仰られていました。
しかしこの水晶は天使と契約しておりますので、嘘をつくことなど無いのもまた確かなのです」
測定師の女は少々わざとらしげに瞳を潤ませ、懇願するようにルーカスを見つめた。
人が良い兄は、それ以上言えなくなって黙り込んでしまった。
「『測定』結果が基準になるとはいえ、全てというわけじゃない。今後ウィルスの努力次第では変わるかもしれない。我慢するんだ」
「はい……」
父親に励まされるように肩を叩かれ、うなだれるルーカス。
母親も助長してルーカスに駆け寄り抱きしめた。
……いや、母上。
さすがに今抱きしめるなら俺なのでは……。
とは流石に言えず。
主役を完全にルーカスに奪われた俺は、足の感覚が無くなるままに立ち尽くすしかなかった。
ディアモンド侯爵家は、代々宰相や騎士団、王宮魔法師など様々な役柄に任ぜられるほどに多岐な才能を持ち合わせていると言われている。『測定』の結果ももおおむね『Expect』、または『Normal』ということで王家からも厚い信頼を寄せられているため、羽振りも良い。
そんなこの家から『Danger』が出たことは本当に由々しき事態だと俺自身も分かっていた。
「……はぁ。酷い目にあった」
自室のベッドに横になって、今まで耐えていたため息を盛大につく。
「なんだよ畜生。俺が何したって言うんだ」
『測定』の結果に不満があるのは勿論だが、それ以上に腹が立っていたことがあった。
ルーカスだ。
ルーカスは長男で時期当主。別に家督に興味は無いのだが、彼は言うなれば完璧超人なのである。
おかげさまで俺は「兄上を見習いなさい」と口酸っぱく言われて育ち、さらにまた悪いことに特別秀でた才能を持ち合わせていなかったため『約立たず』の烙印を押されているのである。
当のルーカス本人は、12歳にして既に武勇の才を発揮しているもう一人の弟と、天使の如き美貌の妹と平等に俺を扱うのがまた腹立たしい。
お人好しなのでさっきのように迷いなく俺を庇うし、真っ直ぐな目で
「俺はお前のこと信じてる」
とか言うし……
有難いことではあるが、ひねくれている俺には真っ直ぐ受け止められるだけの心が無いのである。残念なことに。
ああ、最近は妹の教育に熱心だった親からのお小言が減ってたのに、また散々兄弟達と比べられる事だろうな……
「もしかして……それで?」
突然、ふっと閃いた。
『Expect』であるルーカスに、自分で言うのもなんだが嫉妬心や劣等感を持っているから、『Danger』と測定されたのでは?
「なーんだぁ」
妙な笑いが口の端から零れる。
なんだそういうことかあ、なんだなんだあ。じゃあ説明すれば誤解がとけ……
「って、」
無理だろ。
どうやって説明するんだ。
馬鹿正直に「ルーカスが妬ましい」なんて言えば、ルーカスを可愛がっている両親には『Danger』からの殺害予告よろしく聞こえて修道院に入れられる。
お、俺は一体……
「どうすればいいんだ……」