第二話 大統領の雑談と変わり始めた歴史
1940年5月9日 アメリカ合衆国 ワシントンD.C
「キールが落ちたらしいな。」
「はい、大統領閣下。我々もフランスやポーランドを援助した甲斐があるというものです。」
大統領フランクリン-ルーズベルトのつぶやきに国務長官のコーデル-ハルが応じた。
「すでにマルティニーク島をはじめとするカリブ海のフランス領、ニューカレドニアやポリネシアといった太平洋の島々、それにインドシナのサイゴンにおける基地使用権と引き換えに旧型のオマハ型巡洋艦と平甲板型駆逐艦、戦車や航空機といった物資を引き渡す予定です。」
「物資の中には艦載機やボーイングのB-17爆撃機も入っていたと思うが大丈夫かね。」
「問題はないかと。艦載機はすでに旧式化しつつあるヴォート社のヴィンディケーターなどを送るつもりです。また戦闘機に関してはブリュースター社のバッファローを送ろうかと」
「バッファローか、確かにあれは性能が劣っていると聞いたな。それから、B-17に関してはコンソリーテッド社の新型爆撃機、たしかYB-24で完全に代替できるからよいという事か」
「はいその通りです閣下。YB-24の方が航続距離が長いはずですから、いざという時にイギリスや日本を叩く際には便利かと。」
「いざという時か…そんな日は永遠に来てほしくないものだ。」
「はい。ですがいつまでも帝国主義国家をのさばらせておくわけにはいきません。そういう意味ではフォード氏には先見の明があったかと」
「滅多な事をいうな。どこで聞かれているかわからないのだぞ。」
「そうでしたな、ではそろそろ」
「ああ、ハワイか、日本のカズシゲ-ウガキ外相は元陸軍軍人ながら頭が切れると聞く気をつけたまえ。」
「失礼ですが閣下。私も元陸軍軍人ですし、あなたの叔父上と同じくキューバで戦っていましたよ。」
にやりと笑いながら答えたハルにルーズベルトはバツが悪そうな顔をして、旅の無事を祈ると退出を命じた。
レイグ政権に代わって成立したブリアン政権下では協調外交が行われる一方で国内の経済復興にも力を入れた。レイグ政権下での無理な海軍拡張が祟って経済が疲弊していたこと、ドイツからの賠償金代わりに物納された安価なドイツ製工業製品に対抗するため、そして何よりも迅速な工業的復興によりアメリカに対する負債を支払い終える為だった。
皮肉な事にそのアメリカから導入されたフォード式流れ作業システムは第一次世界大戦を経てもなお前近代的な工業システムの影響下にあったフランス工業界に革新をもたらした。
フォード式工業システムの創始者であるヘンリー-フォードもそれを後押しした。
ドイツの政治的後見人となったイギリスがドイツを経済的な支配下に置こうとしていたことがその原因だった。
アメリカに対する負債は英仏共に多かったが革命で成立したソヴィエトとは違い『勝利』してしまった英仏両国には支払わないという選択肢はなかった。
イギリスはフランスを抑え込んで手に入れた優位とドイツから得た信頼を利用してドイツ経済の取り込みを図る事によりこれを完済しようとした。
もちろんそれは同じくドイツ市場進出を狙っていたアメリカ財界の反発を招いた。イギリスに下るのを良しとしないドイツ国内の経済界と共に右翼団体を支援してミュンヘンで一揆を起こすまでに至ったが、ドイツ軍により僅か一日で鎮圧され、首謀者のアドルフ-ヒトラーという男は他の過激派への見せしめとして処刑されてしまった。
この、『ミュンヘン一揆事件』事件以降ドイツはますますイギリスへの依存を深め、逆にアメリカとは対立するようになった。アメリカ財界によるフランス支援の背景にはこうした事情があった。
こうして、フランスは国内で多々流血の惨事を巻き起こしながらも生産性の向上と自国工業の再編を進めていく、それはまた工業化の端緒についたばかりの東欧諸国、とくにポーランドとユーゴスラヴィアのモデルケースともなった。
一方で1920年代の初期からフランスは共和主義的親近感から当時はまだ不透明な政権であった中華民国を支援していた。
この支援に関しては中華民国政府としては当初ドイツをその候補としていたが、ドイツ製兵器の牙城であった中国を市場化しようとしていたイギリス重工業界の意を受けたイギリス政府の反対によってドイツ側が拒否した事からこれを断念し、
次点で候補に挙がっていた日本、アメリカからは兵器の売却や個人的な教官派遣以外の色よい返事がもらえず、ソヴィエトからの支援も自力での近代化のため余裕がないと断られたため消去法でフランスを選んだという経緯があると言われている。
こうした経緯もあってか当初は軽く考えられていた仏中連携だったが、イギリスそして日本に対する脅威として認識されるようになるのは、1927年の南京事件による蒋介石、汪兆銘の対立激化とその後のフランスによる北平国民政府、のちの枢軸中華民国の承認が原因だった。
というわけで第二話でした。
北平国民政府に関してはお題1の政治体制が違うだけという認識なのですが、
禁止事項となっている史実で滅亡した国家、架空国家に当たるという場合には設定を変えますのでご連絡いただけると幸いです。