人間とロボットの話
しつこいですが「pixiv」にも掲載しています。
誰かが見つけてくれたらそれだけで幸せです。
ずっと貴方を捜していました。
そう彼に伝えると、彼はフルフルと首を振った。
「君が探しているのは僕じゃあない」
「いいえ、貴方です。貴方を捜していました」
絹のような金髪はこの太陽が隠れた曇り空でも、僅かな光を柔らかに反射させている。同じ色の眉と目尻は緩やかに下がっており、性格の良さを表しているように見える。
男性にしては細いその腕を掴むと、ようやく私の顔を見た。
「離してくれないか」
「出来ません。共に来ていただきます。私達の家へ帰りましょう」
「アレは君の家であって、僕の家じゃあない」
「帰りましょう」
同じ言葉を繰り返す私を悲しそうに見つめる彼。
彼が考えていることは、私には理解できないだろう。顔面の筋肉の収縮によって感情の機微を推測することは出来るが、例え彼がその口で感情を吐露した所で理解は出来ないのだ。
しばらくの沈黙の後、私は再び口を開く。
「貴方が家を出て三日が経ちました。燃料も切れる頃合いでしょう」
彼の腕を離し、肩にかけていたカバンからボトルを取り出す。
「その言い方はやめてくれ。……腹は減っているが、いらない」
「補給をしなければ活動が停止してしまいます」
「それでいい。もう、いいんだ」
彼は諦めたように笑った。
そこから雨雲しかない空を見上げて懐かしむように話しだした。
「初めてあった時のこと、目を開けた瞬間のことを覚えている。君を見た時、堅物そうだと思った。でも、博識な君は僕に様々なことを教えてくれた。文学も数学も言語もなにもかも、君は先生に向いているよ。ポンコツと呼ばれていた僕にあんなに物を教え込めた人は君だけだ。なかなかスパルタだったけれどね」
「覚えています。貴方は十回教えてようやく一を知る出来ですから、根気さえあれば誰にでも可能です」
「そこまで根気のある人は少ないんだよ。君の食事を見守るのが好きだった。君が身を清めるのは神聖な行為だと思った。君の笑った顔も怒った顔も、泣いているところは見たことがないけどきっと素敵な顔だろうと断言できるよ。でも一番好きなのは目を閉じている顔かな。初めて見たときはもう動かないんじゃないかと思って口元に手を当てたこともあるんだ。死にゆく顔っていうのはとても美しいのかもしれないね。見られないのが残念だよ」
視線を私に戻して、ゆっくりと体ごと私と向き合う。笑っているような泣き出しそうな複雑な顔を私に向ける。
「ごめんね。僕は彼の代わりにはなれないんだ。僕はどうやったって僕で、模倣も出来ないポンコツなんだ。ポンコツだから家出なんてする。ポンコツだからこんな選択を選んでしまう。謝っても謝りきれないよ」
「謝ることは何もありません。貴方はこれから家に帰りいつも通りの日常を送るのです。その長いときの中で私は、笑ったり怒ったり、泣いたりもするかもしれません。夜が来れば目を閉じるでしょう。そして何年後、何十年後に私の活動が停止する瞬間を見守るのです」
「それは出来ないんだ」
「出来ます。家に帰りましょう」
彼の両腕をしっかりと掴む。
雨が降り出した。
「分かっているんだろう? 僕はもう駄目なんだ。アチコチにガタが来ている」
彼の金糸がシットリと濡れていき雨水が伝って顔を濡らしていく。
「私が直してみせます」
「無理だよ。ワガママ言わないで」
「しかし……」
「なら、僕もワガママをおうかな」
彼は私の頬を撫で後、膝立ちになった。彼のズボンが地面の雨水を吸って急激に色が変わっていく。
「君が僕を看取ってくれないか。君が、僕を活動停止させるんだ」
「断ります。家に帰りましょう」
「僕のワガママを聞いてくれたらいいよ。まあ、叶えてくれたら僕は動かないから運んでもらわないとだけど」
「……」
腰のあたりにある彼の顔を見る。こちらに顔を向けて、雨が当たるのも気にせず、瞬き一つせずに見つめている。
「わかり、ました……」
彼の金糸を撫で、陶器の頬を通り首筋を通り肩甲骨の近くで手を止める。
「私は貴方に誰かを重ねたことはなかった、と言えば嘘になるでしょう。確かに貴方はあの子に似ていた。あの子を求めて貴方を買った。だけど私は貴方を、他の誰でもない貴方を大切に思っています」
その時、蕩けるようなという形容詞がぴったり合うような笑顔をした。初めて見る彼の顔だった。
「愛の言葉を吐く君も泣いている顔も初めて見た。幸せな最後だよ」
「泣いてなどいません。雨水が滴っているだけです」
「愛の言葉は否定しないんだね。そういうことにしておいてあげるよ」
「さよなら、愛している人」
「さようなら、愛してくれた人」
スイッチを押す。彼の目から光が消える。死にゆく顔はとても美しかった。
二人の濡れた睫毛がゆっくりと下を向いた。