第五話 午前中、学校にて
「や、やだよぉ……助けて、翔太……」
「は、はは……俺にはどうすることもできねぇ。頑張ってくれ、良夜」
「うっ、ううっ……」
僕は今、学校にある食堂の隅の席で泣き崩れていた。いや、崩れてるけど泣いてないわ。泣いてないったら泣いてない。
「うう……あの目はマジなやつだったよ……」
僕の作戦を聞いた時の白撫さんを思い出す。あれは、いたぶる者の目だった。もう僕はダメみたいだ。
「明日僕が学校にいなかったら、死んだと思っていてくれ……」
一度顔を上げた後、ガクッと再び机に突っ伏す。
「だ、大丈夫だ。どんな姿になっていようとちゃんと土に埋めてやるから。たとえミンチになっても……」
うう、僕はなんていい友人を持ったのだろう。
と、馬鹿げた茶番(本音が八割)を繰り広げていたところ、左隣りに誰か座る音が聞こえた。
「私は人をただの肉片にできるほど極悪非道ではありませんよ……いただきます」
左をみると、白撫さんが座って手を合わせていた。
「ど、どうしたんだ白撫さん?僕の隣に座っちゃって」
「あら、もしかして迷惑でした?」
白撫さんは少し、ほんの少しだけ悲しそうな表情でこっちを見てくる。そのほんの少しに気づいてしまった僕からしたら、断れるはずがなかった。
「いや……そうじゃ無いけど……」
友達とかはいないの?と聞こうとしたけど、なんだかやめたほうが気がしたから、聞かないでおいた。
「……ってかさ」
少しの間無言でいた翔太が、口を開いた。
「白撫さんて最近ちょくちょく良夜に絡むよな」
「ちょくちょくって……まだこれで二回目だろ?」
僕がそう口を挟むが、翔太は無視して続けた。無視しないでよ。
「ぶっちゃけ白撫さんって、良夜のこと好きなんじゃ無いの?」
「おっ、おい……」
「ないです」
「ぐはっ」
翔太の質問に対して、そう即答する白撫さん。そのやり取りは、僕には大ダメージだ。少し苦手な人であるとはいえ、即答されるとは思わなんだ。つい、声が出てしまった。
「というか、どこからそんな考察ができるのですか。あなたの思考回路はどうなっているのか、一度解剖してみてみたいものですね」
白撫さんの追撃が心に刺さったようで、「す、すんません……」と、翔太はなんだか小さくなってしまっていた。
「正直に言えば、先ほどのように一ノ瀬君がおかしなことを考えつかないように見張っているだけです」
「さいですか」
ならば、頭の中で考えてやろうじゃないか。いくら天才の白撫さんといえど、僕の思考までは読めまい!
さて、どうやってサボろうか……あっ、そうだ!学校に忘れたと言って、翔太の家にかくまって貰おう!
「……一ノ瀬君?教材は学校に忘れないようにしてくださいね?」
「なっ……なんでわかったの?」
なぜだ!注意したから、顔に出てはいなかったはず……
「あっ、ちなみに何か企てて勉強から逃げたら、次の日は……わかっていますね?」
うう……怖い、目が怖いよ。ついでに、手に持ってる箸も怖い……
「は、はい……重々承知しております……」
「そうですか。なら、問題ありませんね」
そう言うと、白撫さんはご飯を食べ始めた。
……僕も食べよう。
「……あ、あれ?」
な、なんでだろう。手が震えて箸がうまく持てないなぁ……
ふと翔太の方をみると、彼も同じ症状に苛まれていた。
「ね、ねぇ白撫さん」
僕と目があった翔太が、白撫さんに話しかける。
やめろ翔太!それ以上話したところで、症状が重くなるだけだ!
とは決して口には出せるはずもないので、黙ってみている。
すると、翔太は一見訳の分からない、僕と翔太だけには理解できることを言った!
「は、箸って……どうやって持つのかな……?」
これは是非僕も知りたいな!
「な、なんですかいきなり……数分前までは持ててたのに……はぁ……見てください」
彼女はそう言うなり、僕と翔太の間に手をずいっ、と出してきた。わあ、綺麗な手だなぁ。っていうか、教えてくれるんだな。
「見てわかりますよね。こう持てば、力を加えずに楽に待つことができますよ」
「な、なるほど……」
と、これまた一見訳の分からない「なるほど」を呟きながら、実践する。
「おおっ……!」
相変わらず手は震えているが、箸を持てた!すごい、白撫さんすごい!
と、くだらないことで、心の中で一人で盛り上がった。もっとも、翔太も同じことを考えていただろうけどね。
「「いただきます」」
まだ一口も手をつけていなかった昼食を食べ始める。
「そうだ、一ノ瀬君」
また少し経って、白撫さんが唐突に僕に話しかけてきた。
「休日に、ワークを買っておいてください。来週からはそれと教科書を使って勉強していきましょう」
げっ、ワークだって!?
「つ、つまり……僕の勉強量が……」
「増えますね」
「と、なると……趣味の時間は……」
「減りますね」
ま、まじか……
「大丈夫です。犠牲の代わりに得られるものは大きいですから。高校生になると、頭がいい人がモテるらしいので、いつのまにか彼女さんができているかもしれませんよ?」
と、白撫さんは左人差し指をピンと立てながら言った。
「任せてください」
それに応じるように、僕もまた背筋をピンと伸ばして返事をした。
「では、また放課後頑張りましょうね」
そう言うと、いつのまにか昼食を食べ終わっていた彼女は食器をおばちゃんに返し、食堂を出て行った。
「お前、まんまと乗せられたな」
その光景を見ていた翔太がそう言った。
「……あっ」
時、すでに遅し。
ブックマーク一件つけていただきました!ありがとうございます!