第三話 補習スタート
この才王高校には、裏委員会というものがある。それは普通の学校生活を送っている生徒には無縁のものだ。
そして、教務委員は裏委員会の一つである。
教務委員とは、学校で補習をしても学力の向上があまり見込めない場合に限り、代わりに対象の生徒の学力向上に努める生徒が属する委員会だ。
なんでも、教える側の人間が再び教えるより、同じ教えられた側の人間が教えるほうが理解しやすいのでは無いか、というのと、同じ人間が教えても理解できないだけだろう、という二つの考えから生まれた委員会なんだそう。
この委員会に入ることができるのは、全ての教科でとても優秀な成績を出した者に限られる。いわばトップ中のトップの中のトップだ。例えば、僕の目の前にいる、彼女。
「うむ。この白撫くんが君の教務係を務めてくれる」
え、やだ。やだやだ。
「いやです」
僕は全力で抵抗すると心に誓った。
「まあ待て。話はまだ終わっていないよ」
な、なるほど?聞こうじゃないか。
「これから学力向上に努めてもらうにあたり、君と白撫くんには学校内の寮に住んでもらう」
「いやです」
「待て待て。まだ、まだ終わってないから」
僕の心は硬いんだ!
「それで、だな。まあ、成績を見て分かる通り、君は勉強が嫌いだろう。補習が嫌なのも分かる」
「なら早く帰してくださいよ」
「そこでだな。毎月の定期テストで学力向上が見込めれば、君に報酬を与えようと思うのだが」
「やってやりますよ」
べ、別に報酬に目が眩んだわけじゃないもんね!断じて!
「そう来なくてはな。ああ、ちなみにご家族には既に連絡してあるし、怒られることもないよう、話は通しておいた。早速今から荷物の移動を始めてくれ」
いや、速すぎだろ。
「ここか」
ラノベやフィギュア、ゲームの入ったトランクとリュックを持ち、寮の前に立つ。
「ええ、そうみたいですね」
そう言って僕の隣に立つのは、白撫さん……ん?白撫さん?
「ええっ!いつからそこにいたの!?」
僕がそう聞くと、彼女は右手を顎に当て、左斜め上を見て考える仕草をしながら言った。
「そうですね……学校の敷地に入る時からだったと思うので、一分半ほどでしょうか」
「そ、そう」
普通に返されてしまい、なんだか負けた気分だ。
「行きましょう?立ち止まっていると、邪魔になってしまうかもしれません」
「あ、うん」
そう言った彼女の後をついていく。見ると、荷物がとても多い。引っ越し業者さんに頼まなかったのだろうか。
そんな僕の視線に気づいたのか、彼女は少し歩く速さを落とし、僕の隣に来て話した。
「この荷物が気になりますか?これは、その……私の趣味です。中身は秘密です」
と、顔をほんのり赤くしながら言った。
「そっか」
秘密って言われた以上、聞かないほうがいいかな。気になるけど。
まあ、引っ越しってなるとそれだけ多いのかもしれないな。女の子だし(?)
「あ、そうだ。ねえ白撫さん。引っ越すことは親には話た?」
「……いえ。元々、近くで一人暮らししていましたのでその必要はありませんでした」
「そっか」
「では、私はこれで。部屋はここですので」
そう言うと、彼女は玄関ドアを開けて中へ入っていった。
ドアに貼られたプレートには、[102 白撫]と書かれていた。
「ああ、じゃあね」
僕もまた、ドアを開けて中へ入る。ドアに貼られたプレートには、[103 一ノ瀬]と書かれていた。
「ふぃ〜〜」
業者さんに運んでもらった荷物や家具、そして僕のコレクションなどを粗方配置し終えて一息つく。
「疲れたな……えっと、勉強は明日からか……今日はもうゆっくりしよ」
時計を見ると、時刻は七時半過ぎだったので、夕ご飯にしようと思いゴトウのご飯をレンジに入れる。
「スイッチオン!」
ピッというレンジの電子音と、ピンポーンという備え付けのドアフォンの音が鳴ったのは同時だった。
電子レンジは止めずにモニターを確認する。そこに映っていたのは。
「こんばんは。夜分遅くにすみません。今、お時間よろしいでしょうか?」
制服を着た、白撫さんだった。
「わ、わかった。今開けるから、ちょっと待ってて」
僕はモニターのマイクを切り、見られてもまずいものは無いな、とリビングを確認したのち小走りで玄関へ向かう。
「はーいどーぞー」
鍵を開けると、「失礼します」と言って長い髪をお団子の形に結った白撫さんが入ってきた。
「あ、今お茶出すからそこ、座ってて」
「はい、ありがとうございます。失礼します」
僕が指差したクッションに綺麗な所作で座る白撫さんへ、コップに注いだお茶を出す。
「ありがとうございます。いただきます」
そう言うと、彼女は一口お茶を飲んだ。
「で、どうしたの?」
「ええ、実は今、自分の部屋で考えたのですが」
ここで僕は先手を打つことにした。
「今日から勉強とか嫌だからね」
「その通りです、勉強しましょう」
何言ってんだ。
「いやです」
キリッ、と効果音がつきそうなほどのキメ顔で言うと、白撫さんはすぐさま返してきた。
「あら?報酬は欲しく無いのですか?」
「いよっしゃやろう」
僕が現金なやつってわけじゃ無いからね。勘違いされては困る!
「では、まずは数学から……といきたいところなのですが、一ノ瀬くんは、夕食を食べ終えていませんよね?」
「あ、そういえば」
そこでちょうど、レンジの終了を伝える音が聞こえてきた。
「では、ささっと食べてきてください」
「わかった。ちょっと待っててね」
僕は、白撫さんの言う通りささっとご飯をたべ終えた。ふりかけご飯なので、すぐに終わった。それから歯磨きもすませ、リビングのテーブルへと戻った。
「では、はじめ」
そこまで言われたところで、僕は言葉を遮った。
「ちょっと待って。報酬を先に教えてもらいたい」
「……はぁ。わかりました。報酬は」
僕は、ごくんと息を飲む。最下位に勉強させるのだから、それはもうとてもいい報酬のはずっ!
白撫さんが口を開いた。
「私が褒めてあげます」
彼女は、真顔でそう言い放った。
「……なるほど」
確かにそれなら、普通の男子生徒は喜ぶかもしれない。でも、僕は違う。いや、僕が普通じゃ無いって言ってるんじゃあ無いんだよ。
その、なんていうか、僕だって白撫さんのことは可愛いとは思うさ。でも、本当にそれだけ。普通なら「うおおおお!可愛いっ!!」ってなるんだろうだけど、僕の場合は「あー、うん。そうだね、可愛いね」くらいのものだ。つまり、僕の答えは。
「いらないです。おやすみなさい」
そのまま、流れるように布団に入ろうとして、ガシッと腕を掴まれた。
「待ちなさい」
「いやですおやすみなさい」
僕は全力でベッドへ向かう。が、やはり白撫さんはそれを阻止するように僕の腕を強く掴んでくる。
「言質は撮りましたよ?」
そう言って、彼女は空いている左手でポケットからスマホを取り出し、何かボタンを押した。すると、音が流れ始めた。
『いよっしゃやろう……いよっしゃやろう……いよっしゃやろう……いよ』
それは、僕の声だった。
「わーかったわかった!やりますやります!」
「よろしい」
こうして、僕の補習生活が幕を開けた。いや、開いてしまった。開いて欲しくなかった。くそう。
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