百六十六話 ねぇ。
「……暇だ、暇すぎる」
「本当に、することないですね……」
僕ら二人は確認事項を全て頭に入れた後、手持無沙汰になり廊下でただ突っ立っていた。風は通るが気温は低くなく、じんわりと汗ばんだことで張り付いてくるシャツが気持ち悪い。どこか涼しいところはないかと考えてみても、教室はセットしてあるので入っていると邪魔になるかもしれないし隣は更衣室だし夏休みに図書室は開いてないしなあ……
「これ、僕ら帰ってもいいんじゃない?」
まさに天才的発想…………!
「でも私たち文化祭委員なので一応いるべきではあると思いますよ」
そうだ、休んでいたおかげですっかり忘れていた。僕らは一応中心で指示すべき人間ではあるんだった。となると、自分から仕事を探して率先して行うのがいいんだろうけど……
「でもやることないよねぇ」
「はい……」
そして最初に戻る。わかりやすく何かあれば楽なんだけどなぁ。
そんなことを考えている僕ら────厳密には僕だけにうってつけの話が舞い込んできた。
「あ、りょーくん! ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど!」
そう言って教室から飛び出してきたのは変わらずメイド服姿の小鳥遊さんだった。
「どうしたの? なんかあった?」
「えっとね、ちょっとついてきてほしくて。練習に使うトレンチを取りに行かなくちゃいけないの」
とれんち……?
「ね、ついてきてくれる?」
「うん、いいよ」
トレンチが何か知らないけど。
「それでは私も……」
「ううん、力仕事だから白撫さんは大丈夫だよ」
そんなに力使うんだ……僕じゃない方がよくない?
「あ、そうですか…………」
申し出を断られ、ちょっとしゅんとする白撫さん。別についてくるくらいいいんじゃないかとは思うけど、小鳥遊さんの眼が怖いので何も言わないことにする。ごめんよ白撫さん。
「うん、ごめんね?」
眼は怖いままかわいく謝る小鳥遊さん。う~ん許しちゃう。まあ僕が謝られてるわけではないんだけど。
「い、いえ」
「じゃ、いこっかりょーくん!」
小鳥遊さんに手を取られ、廊下を往く。階段を降り、また階段を降り、廊下を歩いて渡り廊下を通る。
「どこまで行くの?」
なぜだか僕の手を握ったままの小鳥遊さんに問いかけると、彼女は軽くつないだ形の手を絡ませるような恋人つなぎに変えた。
「えっとね、裏の方に搬入庫があるんだけど、りょーくんがいないうちにあった注文会で頼んだものがそこに集まってるんだって。だからそこから持ってくる感じだよ」
なるほど、休んでる間にいろいろありすぎたなこれ。あと相模川さん報告量少なすぎるだろ何にも伝わってないが。
それからまた少し歩き『搬入庫』と書かれた板が見えてきた。
「鍵って持ってる?」
「そんなにおバカさんじゃないよ~?」
つまりここに来るまで頭になかった僕はおバカさんってことでいいかな?
「な、ならいいんだけど」
小鳥遊さんがとてて、と施錠されているであろう扉に胸ポケットから取り出したカギを差し込み解錠した。なんだか色々と目をそらしたい。
「開いたよ~」
「どうもー」
そんなやり取りをしつつ、二人で搬入庫の中へ。電気なしだと暗く、なにやら壁のような何かがあることくらいしかわからない。
「く、暗いね…………」
「ん~と、電気電気────」
「んうっ!?」
むにゅ、と。振った手がなにか柔らかいモノを掴むと同時に小鳥遊さんの小さな声が。
「なんこれ」
「んんっ!?」
もう一度力を込めてみる。ほんとになんだこれ。
「りょ、りょーくん? む、胸から手離してもらえるとうれしいなぁ、って……」
「む、むね?」
もしかして、これって……
「…………ごめんなさい」
僕はすぐに手を放し、滑らかに土下座へ移る。これは刑務所コースか?
「だ、大丈夫だよ? でも、いきなりだと心の準備ができてないから、その、前もって言ってもらえれば、全然、ごにょごにょ……」
最後の方は聞こえなかったけど、どうやら許してはもらえたらしい。
何とかなったようなので、僕が立ち上がろうとしたところ。
「あ、あった」
小鳥遊さんがそう言ったのと同時に視界が明るくなり……
「きゃあっ!」
「んべっ」
確かな重みが僕の頭上からのしかかり、それとともに真後ろに倒れこんだ感覚に襲われる。後頭部は箱を圧し潰したような情報を脳に送り、痛みはない。
「あ、えっと、その……」
質量はすぐに消えたが、その代わりにガチ恋距離の小鳥遊さんが視界を占領した。目と目が合い、時間が止まったような感覚に襲われる。
「あ、え……」
僕が言葉を失っていると、小鳥遊さんは大きく息を吸った。
「…………ねぇ」
「は、はい」
妙に重い声が鼓膜を撫でる。どうしてか僕は縛られたように動けなくなり、彼女の次の言葉を待つしかなかった。
「好き」
いつか一度伝えられた言葉がもう一度心臓を射貫く。
一旦離れたはずの小鳥遊さんの体が再度密着し、確かな温かみや柔らかい感触、甘い香りが脳みそを痺れさせた。
「ねぇ、りょーくん……ううん、良夜君」
息が詰まる。ただ、正しく自分の名前で呼ばれただけ。それなのに、自分が今どこを見つめているのかわからない。どんな体勢でいるのかわからない。生命維持に必要な形で呼吸できているのかわからない。
「良夜君」
息がかかるほどに、恐らく少しずれれば触れるほどに近い距離から声が聞こえてきた。
「好き。好き。好き」
耽美で甘美な声に、現実が分からなくなる。
「好き。大好き。好き、好き」
たった一言が全身を蝕んでいくように包み込む。とうに指先の感覚はなくなった。唯一耳だけが目の前の光景を享受している。
「ねぇ、良夜君」
左頬を何かが伝う。ソレは首を這い、顎を跳ね、うなじに絡まる。熱は高まり、空間が閉じたように体温が上がっていく。
「私のものになって」
耳は熱を保ったまま、瞬きを禁じる双眸がぶれるほど近くに現れた。
「ね、いいでしょ…………」
ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。樹液がしたたり落ちるように、顔が近づいてくる。お互いの鼻がずれ、顔と顔が触れ合うまでの猶予が生まれる。優先されるのは下側。
「ん……緊張、しないで……」
恐らく充血していたかもしくは体が震えていたか。彼女はほんの少しも離れることなくそんな言葉を発した。今度は唇に吐息がかかる。
うなじに触れていた手が僕の両眼を暗闇で覆いつくす。
そしてそのまま、時が動き出し────────
ここまで読んでいただきありがとうございます。
村人Bです。
昨日、あらすじ欄にもあります通り
20万PV、3万ユニークユーザ、200ブクマ
などなどあれやこれやを達成しました!
いつも応援してくださっている、読んでくださっている皆様。本当にありがとうございます!
また、思い描いていたストーリーとはややかけ離れていますが、物語は佳境に入りました。
どたばたうるさい彼ら彼女らをこれからも見守ってくださると作者冥利に尽きます。
それではまた次回。
村人Bでした! ヾ(・ω・`)バイバイ




