百六十四話 とびだしてきた!
専属ナースさんがついたりあ~んしてもらったり、ご飯を作ったり薬を飲ませたり、それから相模川さんが壊れるなどいろいろあってから一週間程。八月も下旬に入り、段々と文化祭も近づいてきた今日この頃。文化祭準備は佳境に入り、僕らの風邪は全快した。
「あ、おはよう」
「おはようございます、良夜君」
今は朝、僕らは外へ出て学校へ向かうところだ。偶然扉を開けたら同じタイミングで外へ出たらしい白撫さんとはちあわせた。
「どんな感じになってるかな」
「未亜たちから送られてきた写真によると、大方飾り付けなんかは終わって今は接客や料理の練習を始めたところらしいですね」
「二人で見ろって、僕は写真もらえなかったけどねぇ」
そのおかげで白撫さんの部屋に行って写真を見せてもらうという二度手間。その時は写真を送ってもらおうとしたものの『奈良時代に写真を送るという行動はなかった、それを踏襲するべき』という本当に意味の分からない言い分の元、僕はわざわざ隣の部屋を訪問することとなった。奈良時代にはそもそも写真がないよ。あと、なんで踏襲する文化が奈良時代参照なんだよ。別に昭和とか平成とかでいいでしょうよ、無駄に過去すぎるんだよ文献が貴重にもほどがあるわ。
誰に言いたいわけでもない突っ込みを心の中にしまい下駄箱へ。
「りょーくんの匂いがする……」
「「ひっっ」」
なに!? 突然変異ゾンビ!? RPGだと教会地下にある実験室で教皇の手によって暴走させられるタイプのやつ!?
そのギラつく双眸は数メートル先の曲がり角からこちらを捉え……
「……って小鳥遊さんかひさしぶるァッ!」
いでぇっ!? 威力80ノーマルタイプ優先度2ッ! こうかは ばつぐんだ!
目にもとまらぬ速さで小鳥遊さんは僕に体当たりしてきた。正直物理法則を疑うレベルで速いし僕の匂いって何? 君は犬なの?
「あ、良夜君ッ!」
白撫さん僕はもうそこにはいないよ。ほらこっち、君の後方約四メートル先だ。
「りょーくんやっと会え」
何の前触れもなく声が掻き消えた。それどころか倒れる僕の上に感じていた確かな質量すらも存在を消した。
「なに白撫さん私が文化祭準備やお仕事頑張ってる間に名前呼びが定着したんだね?」
そしてその存在は今、白撫さんの目の前にある。
「あ、え? 今確かに小鳥遊さんの声が聞こえた気が……」
白撫さん、後ろ後ろ。
「ふ~ん、二人の時間で? 私のことはみえませ~んって? いい度胸だね。ふぅ~」
「ひうっ!?」
え、いいなあ耳ふー。って違う違う。いや耳ふーはうらやましいんだけどさ。
「た、小鳥遊さん」
「ひさしぶり、白撫さん」
「お、お久しぶりです」
凶暴な猫がか弱いネズミを追い詰めたような風景。下から掬い上げるような小鳥遊さんの視線に、白撫さんは大分おびえ気味だ。
「りょーくんから風邪をうつしてもらって長い時間一緒にいるとかなかなかサイコパス思考だね~! 私にはできないなぁ!」
「い、いや、あれはたまたま」
「まあ、それだけ一緒にいたんだし学校では譲ってくれてもいいよね?」
ん? 雲行き怪しいぞ?
「いやそれとこれとは違いますけどね」
白撫さんが縮こまり気味だった背筋を伸ばして言った。うおお、窮鼠が進化した!
「でもりょーくんだってずっとおんなじ人と一緒にいたら飽きちゃうでしょ?」
「そ、そんなこといったら世の中の夫婦や家族はどうなるんですか!?」
人に飽きるってそうそうないとは思うけどね、どうなんだろ。
「いやそこはほら、愛の力みたいな。私とりょーくんはいずれ愛し合う予定だから」
そんな予定立てたっけなぁ。
「そん、そんなの言ったら私と良夜君だって!」
ん~~?
「ねっ!?」
いや『ね』じゃないが。
「そんなことより一旦教室いかない?」
「「そ、そんなことより……!?!?」
二人が何かにショックを受けているのを横目に、僕は痛む体に鞭打って立ち上がる。
「ほかの生徒の邪魔になっちゃうしさ」
「それは、確かに……」
白撫さんが素直に同意してくれた。
「そうだね、ほらいこりょーくん!」
小鳥遊さんも同意してくれたが、それと当時に僕は両手で腕をつかまれた。
「うん、あ、ちょま、引っ張らないでってなんか力つよあーまって腕ちぎれちゃいますおやめください!」
なんか肩が形容し難い変な音したんですけど!?
「あ、ごめんね、こっちの方がいいよね♡」
そう言った小鳥遊さんが今度はさっきまで引っ張っていた右腕に密着してくる。あれやこれやがむにゅむにゅもにゅもにゅ。
「あ、わ、私も!」
靴を履き替えた白撫さんは置いて行かれると思ったのか慌てて駆け寄ってくる。そして顔を赤くしながら僕の左腕に抱き着く。あれやこれやがもちもちむちむち。なんで?
「し、白撫さん、顔赤いけど大丈夫?」
「は、はい!」
「いや~部屋で休んどいたほうがいいと思うなぁ。 風邪、治ってないんじゃない?」
「いえ、大丈夫です!」
「ならいいんだけど……っていうか、二人とも離れない?」
「い、いやです!」
「これくらいいつものことだよ?」
二人が僕の腕をつかむ力がどんどん強くなっていく。腕はそっちに曲がんないよ?
そして一向に離れてもらえないまま、三人四脚で教室まで行く。
「お、おっす良夜……朝から大変そうだな」
「おはよう翔太」
どこか教室を懐かしく感じながら中を見渡す。予想通り男子女子両方からの視線を感じる。大方憎悪がこもったレーザーだ。毛穴増えそうやめてください。
「あららまどか、近いね! いいと思うよ!」
「み、未亜!」
白撫さんがぴゃっと離れ、相模川さんと話し始めた。何とか左腕とはこれからもやっていけそうだ。右腕の圧迫感もなくなり多幸感に見舞われている。右腕はもう一本増えそうな感じがしてきたかもしれない。
「小鳥遊さん、ちょっと悪いがそいつ貸してもらえるか? いまから男子全体で役割確認とか接客、調理の練習をするんだ」
翔太が手を合わせて言う。僕は小鳥遊さんの所有物ではないんだけどね。
「おっけー! でも、りょーくんが練習するときのお手伝いは最初に私を誘ってね?」
「あいよ、任せとけ」
そう言って小鳥遊さんもまた僕から離れ、女子の集団に混ざっていくのだった。やっぱり右腕は増えなさそう。
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