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百六十三話 ごっくん……!?

本日二回目の更新です。

 もそもそ。もそもそもそ。

 僕と白撫さんは、まるで洗濯機に三回ぶち込まれたあとみたいな弁当を消費していた。僕のは焼き鮭がメインのものだったんだと思う。ポテトサラダは箱内を反復横跳び、サラダはスパゲッティで大繩とび。主役の鮭に至っては五枚手札に揃ったら勝ちのあのカードたちみたいに分裂するありさま。最後にご飯が漬物にボディプレス。


「ここまで来ると逆に清々しいな」

「私は原型が気になります」


 そう言う白撫さんの弁当を覗いてみると……


「え、なにこれ魔女のツボ?」


 柴漬けが猛威を振るっていた。あの体躯からは想像できないほどに自陣を広げ、周囲一帯を紫に染めんとしている。ハンバーグに乗ったソースの中央に陣取るヤツは辺りに侵略し勝鬨を上げているのだ。しかしまあそれだけであればかわいいもの。ポテトサラダはこちらでも反復横跳びを犯しており、恐らくそこにいたのであろう痕跡を白米に残す梅干しは行方不明。サラダかスパゲッティかわからないクトゥルフ神話の怪物は我が物顔で鎮座している。


「小学三年生が持ってきてももう少しマシだよね」

「これもう失敗とかいう次元じゃなく故意にしか見えませんよね」

「「頼む相手間違えてたかもなあ」」


 相模川さんがかわいそうになるくらい綺麗にハモった。ごめんよ相模川さん、でもこれは正常な評価だと思う。

 頭の中で架空の相模川さんが泣いている様子から目をそらしながら箸をすすめ、すす、め……


「一歩間違うと食物はただの有機物になり果てるんだね」

「でも残すのは良くないという道徳的観点から自分を縛るんですよね」

「これが自律か……」


 なぜ僕らは弁当から哲学の領域に足を踏み入れたんだろうか。


「きっついなぁ……」

「ですね……」


 いまならテレビに映る芸能人の気持ちがわかる気がする。罰ゲームとかでさ、ゲテモノ食べさせられたりすんの。こう、口から胃にかけて全臓器が若干の拒否反応を示すんだよ。それによって箸が進まないの。いやまあ食べるんですけど。


 そんな風に二人で奮闘すること二十分弱。


「「……ごちそうさまでした」」


 僕ら二人は何とか完食に成功した。成功ってなんだろうね。僕ら人類は何をもって成功とするんだろうね。

 僕が宇宙の真理に迫っていると、白撫さんが薬を飲み始めた。コップにはちゃんと水が入っており、今度は失敗しないようにか先に口に水を含んだ。まだ含む、まだ入れる。おいまていったいどれだけの量を含むつもりだ。

 そして薬をシートから出すためにいったん下を向い────


「……」


 これ気づいたな、水入れすぎて下向いたら口からこぼれ出るって。

 ぷるぷる。

 ほっぺをいっぱいまで膨らませてる。リスみたい。かわいい。


「だ、だすよ」


 そのまま様子を見るのもかわいそうなので、僕が代わりに錠剤を取り出してわたす。

 こくり、こくり。

 セリフをあてるのなら『ありがとうございます』といったところだろうか。

 彼女はそれを両手で受け取り、上を向いて────止まった。


「……」


 これ気づいたな、口を開けたら横から水がこぼれるって。

 ぷるぷる。

 水面に向かうフグみたい。かわいい。


「一旦水飲み込んだら?」


 白撫さんがこちらを見て『それだ!』というような表情をした。いや思いついとらんかったんかい。

 ごくり、と彼女は一度で口に含む水を飲み込んだ。


「はぁッ……!!」


 そして急に立ち上がった!

「あらあら」


 次に、机の周りを歩きながら胸をたたきだす。これあんまり知ってる人いないと思うんだけど液体も一瞬喉詰まるんだよね。初めて詰まったときは僕もめちゃくちゃ焦ったしびっくりしたよ。液体ってつまるんだなあって。


「はっはっ、はぁ……」


 白撫さんは突如浅くなった息を徐々に戻していく。吸って、吐いて、また吸って、吐いて。その目尻には少し涙が浮かんでおり、上がり下がりする肩がなんとも面白い。


「大丈夫? 収まった?」

「はい、なんとか」


 落ち着いたらしい白撫さんがゆっくりと座り直し、じっとコップを見つめる。


「私、実はお薬を飲むのが少し下手で……」


 うん知ってる。


「うん知ってる」

「あう」


 あ、声に出ちゃった。


「な、なにかコツとかありませんか?」


 あるわけなくない? そもそも薬飲むのにうまい下手すらなくない?


「子供のころは粉薬でしたし、使用人の方に飲ませてもらっていて……」


 使用人っていうと…………


「相模川さんとか?」

「未亜には粉薬を花に入れられかけましたあれだけは未だに許せません」


 いきなり目が死んだんだけど。


「なのでほとんどお薬自分で飲んだことないんですよね」


 目が蘇り、僕の方を向いた。ん? 飲ませろって? HAHAHA、そんなわけ


「なので、良夜君が飲ませてくれませんか?」


 そんあわけあったなあ。


「え、でも薬くらい」

「飲ませて、くれませんか」

「あ、はい」


 どこから来たのかわからない圧力に屈し、僕は頷いた。


「で、では、失礼します」


 そう言って白撫さんが僕の方へ来る。僕に錠剤を渡し、水を含み。


「んあ」


 ちょっと上を向いて、口を開いた。

 え、これどうすればいいの? 粉薬ならまだしも、錠剤って普通に飲むだけだよね? い、入れたらいいのかな。


「ほい」


 掛け声と同時に薬を放り込むと、白撫さんが全身をびくりと弾ませそのまま固まってしまった。


「え、飲んでいいよ?」


 『よし』を待っていた犬のように、彼女は口を閉じ飲み込む。


「……入れるの、事後報告は良くないと思います。あと、ごっくんの合図も遅いです!」


 知らんがな! っていうか事後報告て! ごっくんて! 言い方!


「次は気を付けてくださいね」


 ウソこれ次もあるんですか?


「わかりましたか?」

「は、はい」


 これまた謎の圧力に屈して頷いてしまった。でもなんかこれも”アリ”かもしれないと思ってしまったので、僕は新たな扉をノックしているのだろう。これが『父性』……?

 んなわけあるかい。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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