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百六十一話 測ってない? 謀った?

「……と、いうわけでして、特に何があったわけではなくてですね」

「な~んだそれつまんないの」


 ちゃんとマスクをつけた白撫さんが、なぜだか僕がここに来た経緯やたった今まで僕がここにいる理由を相模川さんに説明した。


「は~、これは即報告だと思ったんだけどなあ」

「そ、そんなこと報告しなくていいんですよ!」

「いやあご主人から仰せつかってるもんですから」

「言わなくていいです!」


 正面に座る二人がわあきゃあと言い合いをする。その間僕は手持無沙汰で、まだ半分眠っている頭を起こすべく外の景色を眺めていた。

 八月も終わりが迫ってきている。今年の夏は人生で一番楽しかったと思う。じゃあ夏が終わったらつまらないのかというと多分そんなこともなくて、少なくともクラスが変わったりするまでは楽しいままなんじゃないかな。


「り……一ノ瀬君?」

「ん?」


 気づけば僕は白撫さんを見つめていた。


「あ、ごめ」

「なになにまどか、いつも私と話してるときみたいに『良夜君、良夜君』って言わなぐふうっ!」

「しゃ、しゃ、しゃべるなぁ!」


 白撫さんが近くに置いてあったぬいぐるみを相模川さんの口元に押し付けのしかかった。

 今の会話はつまり、僕がいないところでは僕のことを下の名前で呼んでるってことだろう。


「白撫さん、まだ熱あるんだから安静にね」

「あぅ」


 僕が言うと、白撫さんはしゅんとして大人しくなった。いつもは正座する白撫さんには珍しい、いわゆる女の子座りというやつだ。


「あと、別に名前で呼んでもらってもいいけど」

「あ、は、はい!」


 白撫さんがじっとこちらを見る。


「り」

「り?」

「りょ……うや、くん」


 あ、呼ばれたのか。


「うん、なに?」

「……良夜君」

「はい」

「良夜君」

「う、うん」

「良夜君、良夜君」

「な、なにかな」

「良夜君……んふふ」


 いやこわいわ! え、なに、名前連呼されたと思ったら最後に笑み! 怖い話のテクニックとして擬音は4、5回繰り返すといいっていうけどそれかなぁ!? 僕の名前実は擬音としても使えたりするのかなぁ!


「まどか、良夜困ってるよ」

「あ、ごめんなさい」


 気づいてなかったんですね!


「ま~良くなってきてるならよかったよ」

「まだ熱は下がってないですけどね」


 白撫さんは騒ぎ出した体温計を鳴りやませ、それを相模川さんに見せる。


「誤差誤差!」


 表示されている数値は37.6。七度六分なんてのが誤差なわけないんだよね。


「あ、未亜は数字が読めないんでしたっけ。ならそう言うのも仕方ないですね」

「オイコラなに言うてくれるんじゃい」


 そっかあ数字読めないのかあ。まあそんな気はして


「良夜? 今考えてたこと、正直に言って? 怒るから」

「怒るんかい」

「そりゃね!」


 ああいうのって『怒らないから』って言うのが定石じゃない? 怒るからって前置きの後に言う人いないと思うよ。


「んで良夜はもう学校来れそうなの?」

「あ~うん」


 明日くらいから、と返そうとしたところで白撫さんが僕の方へやってきた。


「はい、良夜君」

「あ、どもども」


 そして、体温計を渡してくれ


「あ~だめですね」


 ない! 風邪ひいてるとは思えないくらい強い力で握って僕に渡さずに一人でしゃべり出した! ナンデ!? 使えてない使えてない僕体温測れてないって!


「37.6℃。これはまだまだ学校にいけません」

「いやおかしいおかしいそれ白撫さんが体温測ったときのやつだよね?」

「……?」


 何言ってんだこいつみたいな目で見られた。こっちがその目を向けたいよ。


「あちゃ~ならしょうがないね」

「しょうがなくないでしょ今の見てたよね僕測ってないってぇ!」

「ま~治るまでは二人でゆっくりしてなよ」

「そうですね、その方がよさそうです」


 これ僕の声聞こえてない? え、周波数の問題? 僕蝙蝠くらい声高い?


「じゃ、()()()()()()()()()()だし、私がなんか夕飯買ってこようか」


 多分何も見えていないのだろう相模川さんがそう言って立ち上がり、それと同時に白撫さんが体温計を置いて僕の手に少しだけ触れた。これは動けませんねだめです体が固まっていますゥ!


「お、お、おねがい、します」

「…………」


 僕らは二人して赤面、その様子を見てか相模川さんはにやりとした。


「では、さっさと報告したいのでそっちもさっさと進めといてくださいね。七時半にお食事をお持ちしますので」


 そして彼女はお仕事モードになる。おい待て『そっちもさっさと』ってなんだ。


「は、はい、お願いしますね」

「ええ、では」


 そう相模川さんが部屋を出ようとしたところで、白撫さんが思い出したように声を上げる。


「あ、そうそう、そちらも進展あったら教えてくださいね!」


 さすが白撫さん、反撃も忘れない。


「う、う、うるしゃあわい!」


 あ、そこはどうあれ照れるんだね。

 耐えかねた相模川さんはどたどたと足音を立てながら玄関へ、そしてノンストップでドアを開いた。


「お邪魔しました!!!!」


 怒ったような挨拶、勢いよくしまったのだろう、大きな音。どんな心境でも挨拶だけはしていくのが面白い。


「……………………」

「……………………」


 さて、沈黙である。手は触れ合ったまま、僕らは口を開けない。


「あー、っと……」

「ん、と……」


 なんだ、何話したらいいんだ!? ちくしょう勉強不足だぜ!


「あ、と、とりあえず横になったら? たくさん話して疲れたんじゃない?」

「あ、はい……」


 白撫さんは僕の手を握った立ち上がる。なんかおかしい気がする。


「あ、あの、手」


 離してもらえず、そのまま一緒にベッドの前へ。


「握ってても……いいですか」


 熱があるのかほかの理由か、白撫さんは顔を赤くしながらそう言った。


「あ、あ~、プラシーボ効果、とか? な、なんか、そういうの?」


 病気は早く治したいだろうからね、うん。


「い、いえ」


 ん?


「り、理由がなくちゃ、つないじゃだめですか」


 あ~かわいいですねほんとにッッ!


「……そんなこと、ないです」

「ありがとう、ございます」


 僕は病み上がり、白撫さんは風邪に罹患中。そんな風にどちらも頭が回っていない中、いつもとは少し違う雰囲気で二人きり、過ごすのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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