百五十九話 お腹いっぱい眠気げんかい
「いただきます」
白撫さんがこれ以上ないほどきれいな所作をとり、箸を持つ。
僕の作ったうどんは簡素なもので、たまたま冷蔵庫に入っていた油揚げと刻んだねぎをのせただけのもの。
「ん……」
ちゅるちゅるとなぜか耳障りの良い音を発しながらうどんをすする白撫さんはどこか色っぽく、髪を支える片手から風邪をひいているせいか若干眠たげな双眸まで、その細やかなあちこちに見惚れてしまう。僕は白撫さんの正面に座っているため、視覚から得られる情報量があまりに多いのだ。
「おいしい…………」
一口食べて、彼女はぽつりと漏らした。
「そ、それならよかった」
「はい、とってもおいしいです」
風邪で味覚が鈍ってるとかじゃなきゃいいけどね! 次なんかあってまた作ることになったときに不味いとか言われたら二度とごはんつくれなくなっちゃうぜ!
っていうか、パジャマ姿の白撫さん見るの実は初めてだったり……?
その服装は上下揃えられた水色で、普段からはあまり想像できないようなゆったりさだった。たぶんあんまり凝視しない方がいいやつですねはい。
「あ、あの、あんまり見られると、恥ずかしいです」
「ご、ごめん」
白撫さんが箸を持ったまま俯く。耳が真っ赤で、かなり赤面しているのが分かった。ほうらいわんこっちゃない!
僕が目をそらそうとすると、彼女は少しプルプル震えながら食事を再開した。まあそれてないんだけどね。
そんな風にゆったりと様子を見ること十分程度。
「ごちそうさまでした」
頬をやや上気させた白撫さんが箸をおいた。汁は二口ほど飲んで残したことから、塩分を気にしているんだろうことが分かる。わかるんだけど、そっちよりもお椀のふちに唇の跡がついててさあ! ってどこ見てんだ僕はァ!
本当に気持ち悪いとは自分でも思うけど、跡を見て僕はさっき読んだマンガのキスシーンを思い出してしまった。ほんとキモいっすごめんなさい。
「お、お粗末様でした」
その一言で、まだ僕が白撫さんに勉強を教えてもらい始めたばかりのことを思い出した。あの時は逆で、僕がごちそうさまって、白撫さんがおそまつさまって言ってたなあ。
「お薬、飲まないと」
手元に置いてあった市販の風邪薬を飲むため、白撫さんがふたを開けようとする。
「ふ、く……!」
でも開かなくてまたプルプル震えている。かわいい。
「開けるよ」
「あ、お願いします」
瓶を受け取り、僕がサクッと開ける。え、これが開かなかったんですね。握力3かな?
「ありがとうございます」
戻ってきた風邪薬を白撫さんは三錠取って口に含む。
「ん」
そこで、コップに水が入っていないことに気づいた。
「んぅ……」
多分錠剤の設置位置を間違えたのだろう、表情が少し歪んでいる。というか『にがいよぉ』って書いてある。
「水、注いでくるね」
と、そこまで言ったところ。
「ふぅ!」
僕も白撫さんに合わせて持ってきていたコップをひったくり、彼女は一気に水を飲みほした。
か、間接キス……
「……はぁ、はぁ……」
まあそんなことを気にしている余裕はなかったんだろう、彼女は机に突っ伏して肩で息をしている。
「だ、大丈夫?」
「いや、もう、私、あの味、ほんと、だめで……」
なんか夏場に散歩してる時の犬みたいで面白いな。あの舌をはっはって出してるやつに似てる気がしなくもない。そんな反応をする僕をちらりと見て。
「……なんか楽しんでないですか、一ノ瀬君。ひどいですよ」
「んはは、ごめんごめん。なんかかわいらしくて、つい」
「か、かわ………………それなら別に、いいですけど。かわいいって言ってくれるなら、ごにょごにょ……」
どんどんフェードアウトしていって半分くらい何言ってるか分かんなかった白撫さんは置いておいて、使った食器を洗う。
「あ、それは私が」
「いいよ、僕が風邪ひいてくれた時はやってくれたんだし。今回は僕に任せて」
シンクに立ち、背中を向けたまま言う。こ、これが背中で語るってことか!(違う)
「では、お任せしますね」
そうしてよたよたと立ち上がった彼女は洗面台へと向かった。
「倒れないよう気を付けてね」
一応と思って注意喚起をしておく。
「らいじょうぶれふ、はみがきなのれ」
「そっか。もう歯ブラシ咥えてるけど、歯磨き粉はつけてるよね?」
ま~さすがに風邪ひいてるって言ってもこれくらい忘れないか。
「んあ……えへへ」
聞いてみると、白撫さんはおもむろに口から歯ブラシを出して様子を見たのち、にへらと笑った。どうやら忘れていたようだ。
う~んポンコツになってるなあ。っていうか今の笑い方初めて見た気がする。
それからも倒れたりしないかちらちら確認しながら洗い物を進めた。
「おし、終わり……って」
終わるまでずっと歯磨きをしていた白撫さんはいつの間にか歯ブラシを咥えて立ったまま寝かけていた。
「起きんか~い」
「んあぁぃ……」
寝ぼけ眼の白撫さんに口をゆすがせると、水を出したところで電池が切れたように僕に自重を委ねてきた。
近い近い近い!!
「ほ、ほら、寝るならベッドで」
「うん……」
ふにゅふにゅむにゅむにゅあちこちに柔らかさを感じながら白撫さんをベッドに連れていく。
「はい、ゴール」
どこかをぶつけないようにゆっくりとベッドに寝かせる。
「おっとっと……うお」
全身が横になるまで支えていたところ、首に手を回され一緒にベッドに入る形になってしまった。めちゃくちゃ近いっての!
「んん……?」
その違和感に気づいたのか、白撫さんがうっすらと瞼を上げる。
「んあ、きょうもりょうやくんのゆめだぁ」
はい? ゆめ? 今日”も”? え、なに、僕毎日夢にお邪魔してんの?
「ゆめのなかならなにしても……ぐぅ」
ぽてん、と腕の上に頭が落ちる。
夢の中でいっつも何されてんだ僕! 正直言ってめちゃくちゃ気になるが!! っていうか名前呼び!?
図らずも抱き着かれながら腕枕するような姿勢になり、脱出しようにも普通に動けば起こしてしまうように思える。でも白撫さんはマスクをしていないため、何というか、精神的に、こう、色々とすり減っていくものがだね……
「……まぁ、どうにか我慢するか」
いまはこの寝顔だけで満足だ。起きるまではこのままでいよう。少なくとも腕枕にされた僕の左腕が痺れるのは見えたね。
暴れる心臓を落ち着けるように穏やかに思考しながら、僕もまた瞼を閉じるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




