説話94 行商人は価格を説明する
「ぜひともわたしたちにこのポーションの取引きさせてくださいお願いしますこの通り頭をさげますからよそへは回さないでください!」
「あ、うん。そ、そだね。それでいいんじゃないかな?」
ベアトリスはポーションを飲んでから、ボクへの懇願の仕方がとにかくすごかった。
そこに机がなければそのまま土下座したかもしれないその勢いは、ボクだけじゃなく夫であるエリックと長年一緒にいるユナもかなり引いていた。
「あなたああっ!」
「――は、はひっ!」
ベアトリスに詰め寄られてるエリックが泣きそうな顔で震えてるよ。
お願いだから落ち着いてねベアトリス、話し合いに応じるつもりはあるから暴力はダメだ。
「今すぐあり金と商品を差し出してこのポーションを買いなさいっ! もちろん、生活費もよっ!」
「ご、ご飯と宿代は――」
「んなのそこら辺で生えてる雑草でも食っとけや!
宿だあ? 今日から二人で野宿なんだよお、これを逃すと一生泣くハメになるんだよわかってんのかあ!」
「そ、そんなああ……」
――こ、怖い。
ハッキリ言って今のベアトリスさんは魔王様より怖い。ボク、ここから出てもいいかなあ?
「スルト様っ!」
「――はいですっ!」
うわー、矛先がこっちに向いてきたよ。
「わたしたちはこのポーションの独占販売契約をスルト様と交わして頂きたいと思います。よろしいでしょうか?」
「も、もちろんだよ。もうきみたち以外のだれにも売り気はありません!」
「ありがとうございます」
「いやいや、落ち着いてもらえてなによりだよ」
もちろん、先のベアトリスは怖かったよ? 魔族にしろ人間にしろ、惚れ込んだものにつぎ込む精根が半端ではないことが理解できた。
なにより! まさにベアトリスが惚れ込んだというのが、ボクの作ったポーションということで、ボクはすっごく嬉しかったんだ。
「スルト様、わたしたちは商売する人です。
儲けが出ることに越したことありませんが、ここはやはりスルト様と誠意のある取引をさせて頂きたいと思います。
――あなたもそれでいいわね?」
「もちろんだよ、スルト様は知り合ったばかりだが大事な顧客だ。末永く付き合いたいものだよ」
ベアトリスに確認されたエリックは迷いこともなく首肯したので、ベアトリスはボクのほうに身体を向いてきた。
「スルト様。宜しければわたしからポーションのお値段についてご説明したいと思います」
「どうぞ」
「ポーションの価格についてはポーションが持つ品質に応じて、1本のお値段は劣悪品なら大銅貨1枚から高品質なら銀貨5枚まで、さまざまなポーションが市場で販売されています。
一般的に回復薬として流通してるのがは銀貨1枚のものですね」
「へえ、そうなの」
「はい。ですから正直の話、今回スルト様からご提供されるポーションについては値段が付けられません。
その入れ物であるガラスのビンだけでも銀貨1枚の値打がありますから」
「そんなものなの?」
ボクはエリックへ確認するように顔を向けたけど、彼は妻と同じ考えをしてるようでボクのほうに向かって頷いた。
「これはもうスルト様の言い値でわたしたちが買取ります。
資金はさきほど頂いた白金貨5枚の範囲で買える限り、ポーションを購入したいと思います。いかがでしょうか?」
言い終えるとベアトリスは座りなおして、エリックとともにボクのことを緊張した表情で見つめている。
そんな張り詰めた空気の中で、ユナだけはガラスコップの中にあるポーションを美味しそうに舐めている。
お疲れさまでした。




