説話92 元魔将軍は妖精と話す
エリックとベアトリスという行商人夫婦を食堂に連れて行き、食事を招待させてもらってるけど、出された料理を食べる度に驚嘆の声を上げてるね。
セクメトに行商人さんの招待を任せたボクはね、彼らについてるピクシーと話しているんだ。
「やあ、ボクはスルトだよ。きみの名は?」
「えっとね、ユナの名はユナだよ」
「そう、ユナね。よろしくね」
「ね、ねえ。とんでもない強いスルトはユナとエリックとベアトリスを殺すの?」
「そんなことしないよ。ボクは行商人さんと会いたかったんだ。
ほら、食べ物とか買わなくちゃいけないし、行商人さんに売りたいものがあるのよね」
「そう、よかったあ! スルトが怖い魔族さんならどうしようかなって。
ユナはスルトに勝てないから、エリックとベアトリスを守れないよ」
ユナはボクの言葉で安心したのか、ボクのほうに飛びかかってきて、なれなれしく鼻とか耳とか触っている。
ピクシーという妖精はこういう性格。魔王様に言いつけられて、ボクを蹴ったピクシーたちともそのあとは魔王城で一緒に遊んでから森に帰したんだ。
だからね、ボクはユナの好きのようにさせてる。
「ねえ、エリックとベアトリスは良い子なのよ。ユナのことを助けてくれたんだよ?」
「うん、ピクシーは心優しい人にしか懐かないことを知ってる。
だからユナがついてるエリックとベアトリスをボクは信用することにしたんだ」
「ありがとう、スルトも怖いけどいい人ね。チュッ」
「くすぐったいよ、ユナ」
妖精から頬に接吻されたボクは手のひらで彼女を軽く掴んだ。
「なあに? スルト」
「ちょっとね。大人しくしてて」
ユナの身体を魔法で魔力走査してみた。このユナというピクシーは風系の魔法が得意のようだね。
「ユナ、普段はなんの魔法を使ってるの?」
「ユナね、弱いの。魔法は火炎魔法しか使えないの。
だからエリックとベアトリスを守れないのよ」
寂しい顔をするユナ、ボクは彼女を強化することに決めた。
せっかく行商人の知り合いができそうだから、こんな危ない世の中で長生きしてほしいのよね。
――魔力を込める。
身体強化と魔力増強を同時にユナにかけていき、見た目は変化しないけどユナは極めて強力な妖精になったはず。
ユナは目を大きく開い、てボクを見てるがここは微笑んであげた方がいいよね。
「はい、終わったよ」
「なになに? いまユナになにしたの?」
「ユナはねえ、火炎魔法が得意じゃないんだよ? 本当はね、風系魔法の使い手なんだ。
だからね、ボクはユナを強くした。ユナの魔法量じゃ最強の颶風魔法は使えないけど、連発しないならユナでも暴風魔法が使えるよ。
そうそう、ついでに大回復の魔法と出し入れ自在の異空間もつけておいたからね」
「ありがとうっ! スルト。スルトって良い人なのね! 怖いけど」
そう、ユナにはボクと同じように媒体を必要としない異空間を持たせておいた。
これでボクが世界唯一の使い手じゃなくなったね。
小さな妖精さんは感謝の気持ちを込めて、これでもかとボクの頬にキスしてくるけど、こしょばいんだよねこれが。
「いやあ、大変ごちそうになりましたな。はははは」
「本当よねえ、とても美味しかったですわ。ありがとうございます」
「気に入ってもらえてなにより。
それでね、エリックさんに売りたいものがあるけど会社まで来てもらえないかな?」
「そりゃ全然かまいませんがここじゃ不都合でしょうか?」
「うーん……じゃはっきり言うけどさ、エリックとベアトリスのことを子供たちが怖がってるんだよね」
目を丸くした夫婦行商人から視線を離れて、ボクは今でも物陰から行商人の夫婦を覗いている子供たちに目をやった。
そうなんだ。奴隷にされていたフィーリたちは商人という言葉を聞くだけで逃げ出したんだ。
トラウマなんだよね。
あ、虎と馬を合わさったキマイラじゃないよ? この世界にそんな魔物はいないから。
お疲れさまでした。




