説話89 元魔将軍は自重する
「よるはねること、ねないのはダメ!」
「ダメなの!」
「……はーい」
結局ミールとエリアスが代表となって、子供たちから徹夜作業禁止令が容赦なく出されたので、ボクも仕方なくそれに従うことになった。トホホ
まあ、弱火での煮詰め作業も子供たちにとって、将来は覚える必要があるからこれはこれでいいとしようか……
本当はカキカキにマゼマゼをしたいのになあ……
それはそうと、出来上がった釜二つ分の薬液に魔法を込めてポーションに仕上げる作業だが、まだ子供たちに魔法を教えていないのでこれはボクがするよ。
ポーションに込める魔力は操作が大事なので、学校で魔法のことをちゃんと学んでから、子供たちにもやらせてあげようと思うんだ。
そういうわけでさっそくだが、薬液をビンに詰めてから――
うん、ビンがないね。
そりゃないよね、買ってないし作ってないから。パペッポ村では道具屋さんが用意してくれた。
それにこの頃なんとなく思っているけどさ、イザベラはなんでもあらそうですのって流してくれるし、セクメトも魔族だからボクのすることを気にしないけど、フィーリあたりがね、すごい目で見てくるのよね。
これはちょっとだけ自重ってやつをしないといけないかもね。
自重ってさあ、自分の重さかと思ってたけど、それを言ったら戦士のカタヤマに笑われたよ。
カタヤマはチートという異能は周りから目を付けられやすいって。だからなるべく人の前で使わない方がいいと教えてくれた。
これからそういった目立つ作業は子供たちが寝てからにしよう。それなら気付かずに済むね。
今は深夜、子供たちは就寝しているね。よし、今から作業場に行こう。
「どこ行くのさあ、スルトさま……」
居間のソファーはすっかりセクメトのベッドになったようだけどダメだよ。寝る時はちゃんと自分の部屋で寝なくちゃ。
あ、でもセクメトってアンデッドだから寝なくてもいいか。
――じゃあ、好きにして。
「ちょっと会社でビンを作って来る」
「いってらっしゃいぃ。朝には帰ってきたほうがいいよお」
ボクに注意してからセクメトはまたソファーの上でだらしなく手足を伸ばす。まあ、ここはセクメトのいう通りにするか。
朝になったら寮に帰ってこよう。
――すっかり朝だね。
ボクは地中を探って、ビンの材料を手に入れてから大量の瓶を生産したのよね。時間がまだありそうだから、そのまま煮詰めの作業を終わらせて、倉庫の半分以上が埋まるほどポーションを作ったんだ。
ここは一度、寮に戻って顔を出しておくか。
「やあ、みんな。おはよう」
「おはようございます!」
うんうん。今日も爽やかな朝で子供たちは元気いっぱいだよ。
うん? どしたのかな? ミールとセクメトがボクになにか言いたい様子を見せてるけど、ちゃんと聞いてあげたほうがいいよね。
「なに?」
「……」
「いや、別に気付いてないのならいいよお。今日のご飯はアールバッツが作ったけど、食べるぅ?」
「そうだね、今日はなんだか気分がいいので食べようかな」
よし、バレてないね。これが自重ってやつだよ。こうしてこっそりとやればボクは好きなポーション作りに打ち込めるんだ。
やったね!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ、フィーリ」
「なに? オリアナ」
体の大きいベア族の少女がフィーリに声をかける。
彼女も元奴隷でフィーリと同じ、奴隷商人によって王国へ身売りされようと運送されてた。
「スルトさんはなんだかすごく機嫌がいいんだけど、どうしたのかな?」
「オリアナ、知らない顔してて。
スルトさまはまたすごいことしたのに、私たちが気付いてないと思ってるのよ。だからそんな嬉しい顔してるの」
「いまさらなんだけどな。
二日も帰ってきてないし、見に行ったら一言もしゃべらないですごい量のポーションを作ってるから、もうとっくにみんなにバレてるのにね」
「そこがスルトさまの可愛いところよ、わたしたちが知ってることは内緒にしといてあげてね。
みんなにもそう伝えて」
「わかったわ、そうする」
食卓についてフンフンと上機嫌で鼻歌を口ずさむスルトを、少女の二人は見守るような温かい目を向けている。
お疲れさまでした。




