説話85 元魔将軍は森の魔族と交渉する
今日の朝は雑草抜きだけ仕事は終わり。
この後は森の賢者との約束もあるので、ボクは昼食の用意を済ませてからお出かけすることをイザベラに伝えようと考えた。
調理場へ行くとイザベラがフィーリたち女の子と石窯の前でお菓子を焼いてる。
「このように捏ねてから鉄板の上に乗せますのよ」
「はーい」
うん。それ鉄板じゃなくてミスリル板だからねイザベラ。
まあ、とりわけ説明する必要もないからそのままでいいけど。
「あら、スルトちゃん。どちらかに行かれますの?」
「あ、うん。ちょっと森に用事があってね」
「あらそうですの。それでね、小麦粉とかお砂糖あれば頂きたいですわ」
「あれ? ボクが持っている分は全部イザベラに渡したけどね」
「いやですわ。それだけじゃ全然足りませんわよ」
「そうなの? わかった、考えておくよ」
考えてみれば日用品とかが必要だね。
ボクが人間の街へ買い付けに行ってもいいけどさあ、ポーションが出来たらそれを売ってお金を得るという経済行為を子供たちに見せてやりたいのよね。
こういう時はカガが言ってた行商人って人が来てくれるといいけど。ちゃんと考えないといけないかな。
とりあえず森に行こうか。
オーガ、オーク、ゴブリン、アラクネ、アルラウネ、グリフォン、トロールなどなどの魔族の代表たちが森の中にある開けた場所に集まってる。
ほかにも魔族いたのだけど、ボクのことが怖くて来れないだって。
その代わりに決められた決議に従うということをアダムスから聞かされたよ。
「あのう……アダムスからあなたが我々に用事があるということだが、どういったことなのか教えてほしい」
うん。グリフォンがビクビクと体を震わせて、みんなを代表してボクに問いかけてきたね。
まあ、用事というより挨拶だよ。
「やあ、まずは自己紹介するね。
元魔王軍序列三位の魔将軍して通り名は地獄の水先案内人。
ボクの名はアーウェ・スルトだよ」
「「おおーー」」
ボクの挨拶を聞いた魔族は腰を浮かせて逃げようとした者もいたが、隣の魔族に宥められて、なんとか落ち着きを取り戻してから座りなおしたんだ。
「ボクは森の外側に子供たちと一緒にそこで住むことになったんだ。
それでね、子供たちがこの森で狩りをしたり、果実や野菜を取りに来たりして、森に入ることがあるのよね。
だからきみたちに伝えたいのは、こっちは敵対しないから手を出さないでほしいんだ」
「……もし、間違って手を出したら…」
「殺すからね?」
「「ヒエーーっ!」」
「「たすけてー」」
アルラウネとかが逃げ出そうとしたため、ボクは声に魔力を乗せて、この場を鎮めさせてやろうと思ったんだ。
『座りなさい』
ここにいる魔族たちはアダムスを含め、みんなが腰を抜かしたように座り込んでしまった。
脅すつもりはないけどさあ、こういうのは初めからちゃんとしたほうがいいよね。
「こ、殺さないで殺さないで……」
アラクネがガクブルになったけど、それを見たボクはため息をついた。
「なにも脅迫しに来たわけじゃないよ? できればだけど仲良くしたいんだ。
ここは元々きみたちが住んでいる森、ボクは新参者だから挨拶に来ただけだよ」
「……本当か? 本当ならおれら、あんたたち、手を出さない」
トロールが怖がりながら返事をしてきたのでボクは彼に頷いてみせたんだ。だって、本当のことなんだもん。
「ボクたち魔族はウソを言わないよね? だから信じてくれていいんだよ」
「わかったわ、信じてあげる。
あなたたちには近づかないようにするから」
アラクネが涙を流して懇願するように頭を下げたため、ボクは頭を横へ振ってみせたんだ。
「いや。今すぐじゃないけど、子供たちがきみたちに慣れたら、きみたちもボクの所へ遊び来てほしいなあ」
――楽しそうじゃないか。
人も、獣人も、エルフも、魔族が混じり合ってわいわいと騒いで一緒にご飯を食べるって、ボクは素晴らしいと思うよ。
お疲れさまでした。




