説話82 元魔将軍は子供たちに聞かせる
「魔王を倒すのは簡単なことじゃない、ハッキリ言って困難を極まるとボクは思うんだ。
だけどもし、魔王を倒したらどうなる? その後はどうする? この世界のなにかが変わる?」
一同がボクを見守る中、ボクは語り続ける。
これはボクだけの言葉じゃない、この世界を見た勇者たちがこの世界に吐き捨ててきた言葉なんだ。
「魔王が倒れても日々の暮らしが変わらなければ、それはこの世界に住む人々にとって意味のないことなんだ。
じゃあ、今の貧しい日々は魔王によってもたらされたものか? きみたちの命を脅かしているのは魔王軍か?
いや違うね。魔王も魔王軍も魔王領から出てきていない。
今の貧しさは住んでいる国によってもたらされたものだ」
おや? イザベラがピクっと動いたけど、どうしたのかな? まあ、いいか。
「きみたちに勇者になってくれと言ったのは確かに魔王を倒してほしいがためだ。
でもただ倒すだけじゃない、魔王を倒して、それを人々に示してやりなさい!
力を合わせれば、どんな困難でも立ち向かえると。自分たちには権利があるんだ、生きるという権利があるんだと。
魔王が敵というのなら、魔王を倒せ! 国が敵というのなら、国を倒せ! 自分が笑って生きていくため、笑って家族と暮らすため、楽しい明日を笑顔で迎えるために敵を倒していくんだ。
それをまず誰が身体を張ってみせる?」
ここでボクは一息をついて、勇者たちの絶叫を思い出す。そう、あれは確かにこう叫んだんだ。
「勇気と力があるもの、それは勇者。
人々を導き、輝かしい未来へ行くために勇気を持って道を切り開く者が、それこそが本当の勇者なんだ」
辺りが静まる中、ボクは言葉に思いを込めて、歴代の召喚勇者の無念を払いのけるために、今ここにいる小さな勇者候補たちに伝える。
「勇気を持って前へ進み往く者はみな、勇者になれる」
最後だけはボクの気持ちをこの子供たちに話す。
「希望に満ち溢れている世界に変えてくれる人、ボクはきみたちにそんな勇者になってほしいんだ」
聞かされていた言葉と自分の気持ちは伝えた。ここでくじけては勇者養育計画なんて始まらない。
だけど意識していなかったことを急に知らされてもすぐに対応はできないと思う。
だから話はここまでにして、子供たちを新しい住居に連れて行き、その食堂でご飯にしようと思うのよね。
子供たちに考える時間を与えたい。
「――スルトちゃんっ!」
「うおっ!」
いきなり声を張り上げたらびっくりするじゃないか、イザベラ。
その煌めく目はなんだ? このペットはまだなにかいらないことを思い付いたのかな?
「今の話、ワタクシいたく感心しました。
確かにワタクシは深窓の善良で聡明な元悪役令嬢でした。けれども、今までスルトちゃんと旅してきて、貧しさに苦しめられている人々を自分の目で見てきましたわ。
あれからワタクシはずっと食事が喉を通らないくらい、心を痛めておりますわ!」
「は?」
いや、イザベラ。きみは毎食これでもかとお代わりしてましたよね?
それに善良で聡明な悪役令嬢ってのはなあに? 矛盾そのものじゃないか。
もうね、言い返す気にもなれないよ。
「今の話を聞いて、ワタクシも勇者になりたいと思いましたわ。
スルトちゃんは人の心をたぶらかすのがお上手なのですね。稀代の魔法使いというところかしら」
「いや、イザベラは勇者にならないし、使ってる例えがおかしいと思うけどね」
確かに魔法使いだよボクは。でもね、イザベラ。今の話と全然関係ないよね?
「そこでワタクシに斧をくださいまし!」
「へ?」
え?斧? なんで? 勇者となんの関係があるわけ? 聖剣は斧じゃないよ?
「斧を持って、ワタクシは今から森へ行って道を切り開いてまいりますわ!
みんなが笑顔で森の中を通れるようにする。それがワタクシの勇者道なのですわ!」
「はあ……」
イザベラ? それは勇者じゃなくて開拓者だよ。
まあ、イザベラはイザベラってことだね。




