説話76 元魔将軍は森の賢者と遭遇する
子供たちを勇者として育てるには教育ってやつは欠かせないことになるのよね。
そこで今ここにある人的資源を考えると、ボクとイザベラにセクメトの三人がいるだけ。ここまで来るの道中でイザベラとは色々と話をしたけど、さすがは元貴族の悪役令嬢ってやつだね。貴族の基本的な教養は一通り勉強してきただって。
魔法はボクが教えるつもり。困ったことにボクも一応は剣術を使えるんだけど、最後に使ったのはいつ頃かは覚えてないのよね。まあ、それはおいおいと考えようか。
え? セクメトはなにを教えるって?
セクメトはなにもさせないよ。
だって、セクメトってアンデッドだもん。教えられることは暗黒魔法やアンデッドの召喚とか、魔族はどうということはないけど、人間にとってはどれもいつかは死につながる禁術なんだ。
ボクは子供たちを死なせるつもりなんてない。子供たちはどの子でもボクにとっては大事な勇者候補だから。
そんなわけで暗黒の森林にやってきたよ。
「え? どういうわけですかあ? なんでウチだけがここに連れて来られたの? 捨てるのお?
ウチまた捨てられちゃうのお?」
目を真っ赤にしているセクメト。
――はああ、暗黒神が捨てたがっているわけがわかったよ。
セクメトって、ものすごく面倒くさいね。
「違うよ、一緒に森を回ってほしいだけなの」
「そっかあ、ウチだけが頼りですねえ。ウチ以外は誰も頼れないですねえ。
もうぅ、そういうことならちゃんと言ってくれないとお。
なんでしたら今すぐんずほぐれつ乳繰り合って揉みしだいてる楽しいことをしてくれてもいいですよお」
ツンツンと指でボクの背中を突っついてくるセクメト……
――面倒くさいよお、森に捨てていきたいよ。
『そこを行くお方は名のあるつわものと見た。この森に何の用じゃ?』
あれ? 声はしたけど姿が見えないなあ。
これはひょっとして人間界に住む精霊なのかなあ。でも精霊は霊体なんだよね、そのような霊力はまったく感じられないけどね。
『これこれ、わしはここじゃ。ここにおるぞ』
辺りを見回したけどだれもいない。それなのに声だけしてくるのはどういうことなのかな?
「スルトさま。足元ですよ」
セクメトの声に合わせて、下のほうに目をやるとそこには毛むくじゃらの者がいた。
これは精霊じゃなくて魔王領にもいる妖精族のノームだね。
『わしは長き時を渡って世界をさすらった末に、この森に住み付いておる森の賢者であるノームのアダムスじゃ。
この世の全てのことでわしの知らぬことなぞない』
「じゃあ、ボクはだれ?」
『異なことを申すガキじゃな。
そっちを知らぬから聞いておるではないか?』
「さっそく知らないことがあったね」
おや? 毛むくじゃらのノームが黙り込んだよ、どうしたのかな?
『……オッホン。別のことを聞くが良い。それなら答えられようぞ』
「魔王軍の序列一位はだれ?」
『うううむ……け……ケツアル……カヲトル……
そうじゃ! 魔王軍の序列一位はかのケツアルカヲトルじゃあ!』
「え? そうなの?」
それは知らなかったな。
まさかボクがいなくなってからちょっとの間に序列が変わったなんて。しかもそのケツアルカヲトルって誰なのかなあ? ボクは聞いたこともないや。
『わしに聞いてばかりでない。はようそっちの名を教えろ!』
うん、毛むくじゃらのノームがピョンピョン飛び跳ねてるね。まあ、名前くらいは名乗ってもいいかな。
「元魔王軍序列三位の魔将軍して通り名は地獄の水先案内人。
ボクの名はアーウェ・スルトだよ」
『はっはーっ!』
毛むくじゃらノームのアダムスはどうやら平伏しているようだが、毛がむしゃむしゃでよくわからないね。
お疲れさまでした。




