説話8 聖女は魔将軍を罵る
「やあ、アスカおねえちゃん。すごく怒ってる顔なんだけど、どうしたのかな?」
「あんたあ、よくも白々しい……」
涙と怒りで顔を歪める明日花に、スルトはちょっとだけ首を傾げて可愛げのある声で話しかける。
「おや? ボクが魔王軍の手先だって、もうヌマダお兄ちゃんとアスカおねえちゃんにとっくにバレてると思ったけどなあ」
「そうよ、知ってたわ! あんたが可愛げのある子供だって思ったのは人の良い金山君と夕実だけよ、あの二人を騙しやがってあんたってやつはあ……」
「では種明かしと行こうか、アスカおねえちゃん。ボクの名前をよく覚えておいてね?」
「死んだって忘れないわ!」
明日花の呪詛を受けたスルトは苦笑いを顔に浮かべてから彼女の前でくるりと一回転した。左手を胸の前に掲げ、スルトは明日花のほうに真面目な顔で恭しく一礼する。
「魔王軍序列三位の魔将軍、遥か昔の通り名は地獄の水先案内人。でも今はほとんどそう呼ばれていないけどね、まっいいか。アーウェ・スルトというのがボクの名前だよ」
自ら名前を名乗り上げたスルトは、右手が持つナイフをグルグルと回しながらスルトの名前を噛みしめる明日花の反応を待つ。
「アーウェ……スルト……あんたの名は覚えたわ、絶対に呪い殺してやるんだから!」
「怖いなあ、そんな怖い顔はアスカおねえちゃんに似合わないよ」
「うるさいっ! あんたなんか死んじゃえ!」
怒りが収まらない明日花の怒声に、スルトは右手で頭をポリポリと掻いてから、明日花の目の前でしゃがみ込んで、その視線を明日花の両目と合わしてる。
「幕切れといこうか、アスカおねえちゃん。魔王様はおねえちゃんらを帰すって約束したからね、ボクもそれに従わなくちゃいけないんだ。それと、これは予言するけどアスカおねえちゃんたちは絶対にボクのことを感謝するね。ボクの予言は結構当たるんだよ?」
「だれがあんたのことを……死んだって許さないから!」
激しい怒りで声を張りあげた明日花に、スルトは怯む様子をまるで見せない、それどころか楽しそうに笑いかける。
「さあ、アスカおねえちゃん。みんなに会ったらスルトからよろしくとありがとうって伝えてね? アスカおねえちゃんも幸せになってね? そうそう、ボクがこれから呟く呪文をアスカおねえちゃんはちゃんーとよく聞くんだよ。じゃあね、バイバーイ」
「なにを……グフっ」
スルトが持つナイフは反論をしようとする明日花の胸に突き刺さる。
明日花は薄れていく意識の中で、スルトの呪文を聞き取ろうと神経を研ぎ澄ませる。それはスルトに言われたからじゃない。この目の前にいる、みんなの仇が放つ言葉を地獄の底まで持って行き、終わらない呪いをかけ続けるつもりがあったからだ。
「迷いし異界の人、迷うことなき生きるべき常世に戻られよう。われスルトは願う。いつの世においても汝に幸あらんことを。真っ直ぐに帰れ、異界の人アスカ」
「え……」
明日花は深く重く深淵の底へ落ちるように、その意識はスルトの前で途切れてしまった。
「魔王様、異世界の人はみんな送り帰しましたよ」
「わらわは見ておる、そんなことは一々言わんでいい」
両手を胸に組んで窘めるように、魔王は手足をばたつかせて変な踊りをするスルトを叱りつけた。
「あはは、それもそっか」
「此度も大儀であった、アーウェ・スルト。まずは下がってよく休んでおくように。宴が整えしだい、使いをそっちに向かわせるゆえにのう」
部下のねぎらってから魔王はゆったりとした歩調で玉座の奥へ歩み去った。
「こんな茶番、もうこりごりだよな……」
だれもいない大広間でスルトは肩を落としてから自分に呟いた。
「ん? なにか落ちているね」
スルトが床に落ちてるものを拾いあげると、それは明日花がいつも大事そうに持っていたスマホという異世界のものだ。
「大切そうにもってたから送り返してやらないとね……そうだ」
スルトはスマホを操作してなにかを打ち込んでいく。それから自分に向かって写真を一枚撮ると、そのスマホを異形のナイフで刺して、スマホはナイフに飲み込まれてスルトの手から消えた。
「スマホの操作を勇者クシモトに教わってよかったあ、これでよしっと」
大きく背伸びしてからスルトは自分の部屋でゆっくりしたいと考えた。
お疲れさまでした。