説話65 ギルド長は酒場に行く
迷宮都市に悪名が轟くクラン・デッドオアアライブが使う要塞のような本部はいつも賑わってた。
悪徳商人や詐欺を働く娼婦が出入りし、迷宮都市に住む人たちはこの近くを通ることを嫌悪した。
だが今日だけはいつもと違って、午後からは気持ち悪いと思えるくらい、そこは静かで物音ひとつしない。
不気味に思った人たちは、わずかの野次馬が見に来てるだけで、いつも以上に人々は近寄ろうとしない。
冒険者ギルドのギルド長レイヤルドと職員のエミリア。それに今を時めくダンジョン踏破者であるイザベラはクラン・デッドオアアライブの本部を訪れ、イザベラが頑張って扉を開けようとするが、それはびくともしなかった。
「あら、おかしいですわね。えしょっと……
この扉は壊れていますのかしら? ちゃんと八百屋さんをお呼びして修理しないといけませんわね」
八百屋は野菜や果物を売っているところですよとエミリアは叫びたかったけど、懸命に扉を開けようとするイザベラに遠慮してか、それを口にすることはない。
イザベラが悪戦苦闘しているところに急に扉は開き、それがイザベラを強打した。
「あーれー……パタンキュゥ……」
「あれ? なんでここにイザベラが寝ているのかな?
本当にしょうがないペットだね。なんでイザベラはすぐに寝るだよ」
それはあなたがいきなり扉を開けたからですよとエミリアは叫びたかったけど、スルトがその小さな体で五人もの子供を抱きかかえていると見たのか、それを口にすることはない。
「スルト、中はどうなっておる」
「危ないですよ、ちょっと待ててね」
スルトはイザベラを浮かすように軽く蹴り上げると、頭で彼女を受け止めてから大通りに向かって、五人の獣人の子供とイザベラとともに、クランの建物から離れるように歩いていく。
ポカンと口を開けてるレイヤルドとエミリアへ、スルトは振り向きもしないで声だけをかけてきた。
「もうすぐそこは崩壊するから離れた方がいいですね」
「んな!」
「えっ?」
レイヤルドとエミリアは堅固そうな建物を見上げると、至る所にひび割れが走り、ポロポロと小さな石が落ちてきた。
レイヤルドとエミリアは身体の向きを変えると、全力でクラン・デッドオアアライブの本部から離脱するように駆け出した。
轟音を立てて、クラン・デッドオアアライブの本部の建物は崩れ落ち、塵や砂の煙の後に残ったのは瓦礫の山だけだ。
レイヤルドは唖然と見ている野次馬の横を通っていくスルトの背中を見て、クラン・デッドオアアライブのメンバーは彼によって殲滅させられたと直感で悟った。
レイヤルドはエミリアの肩を叩くと、アホみたいな顔する部下に指示を与える。
「お前はギルドに戻って、元クラン・デッドオアアライブの本部跡地の緊急捜索依頼をギルドの名で出せ」
「……ほへえ? ギルド長はあ?」
「わしか? わしはちょいと酒場に行ってくる」
「なんですかそれえ。こういうときに酒飲みなんてダメじゃないですか!
ねえギルド長ってばあ、聞いてますかあ!」
部下の抗議する声にレイヤルドは左手をあげる仕草を見せ、それから集まり出した人々の間を身軽な動きで躱しながらこの場から立ち去った。
スラム内にあるその汚い酒場は昼間にもかかわらず、飲んだくれが寄り集まって安い酒で泥酔している。
レイヤルドは年を取った給仕さんに二杯の酒を注文してから、自分と変わらない年のエルフの前に座る。酩酊して目が虚ろなエルフのお爺さんはレイヤルドに酒臭い口で息を吐いた。
「なんじゃいお前は? オレに酒を奢ってくれるんか?」
「そうじゃな、今から二杯で後でもう一杯。暇があるときは好きなだけ奢ってやる」
「気前のいいこったあなあ。そんなやつがどこにいるんか?」
「ああ、クラン・デッドオアアライブとかな」
「アホ抜かせ、なんて名を出すんだ。あいつらは怖いんだぞ? オレをおちょくるな! どっか行け!」
酔っ払いのお爺さんが機嫌が悪そうに片手を振ってるときに、年を取った給仕さんが机の上に面倒そうな顔で二杯の酒を置いてから隣の注文を受けに行った。
「これは奢りだ」
「礼は言わんぞ」
レイヤルドが席を立ち、給仕さんに三杯分の支払いを済ませると酒場から出ていく。
残された酔っ払いのお爺さんは嬉しそうに、机に置かれた酒をチビチビと大事そうに飲み出した。
こうして冒険者ギルド直属のエルフ暗殺部隊が出動し、標的はまだ自分のクランが壊滅したことを知らないクラン・デッドオアアライブの所属冒険者たち。
ここに迷宮都市最大にして最悪なクラン・デッドオアアライブは消滅した。
お疲れさまでした。




