説話7 勇者は全滅する
「な……スル……」
「さようなら、ヌマダお兄ちゃん。元気で頑張ってね?」
沼田の口から血が零れ落ちた。
別れの挨拶を済ませたスルトはなにか呟いているようだったが、沼田にはまったく聞き取れなかった。
沼田がスルトの持つナイフに吸い込まれるようにこの場から消え去っても、金山と夕実、それに明日花にはなにが起こったのかは理解できないまま。すでに最大戦力である勇者が消えたことも。
「え? なになに、え? ぬまっちは? え? スルト?」
スルトがゆっくりと夕実のほうに歩み寄っても、夕実は呆然として状況が把握できない状態でスルトへ視線を向ける。
「なにしてるんだ夕実! そいつは敵だ! 立て、逃げろ!」
一早く反応した金山は落とした賢者の杖を拾い上げると、呪文を唱える体勢に入る。
「神のお力を借り、怒れる炎を……」
「だめだよ、カナヤマお兄ちゃん。この賢者の杖は偽物だし、転移勇者なら魔法は無詠唱でないとすぐにやられちゃうよ? このようにね」
金山が持つ賢者の杖を左手で握ったスルトは、金山の唱える魔法を魔力で消して強制中断させた。それのみならず、右手に持つナイフはすでに金山の心臓に目かけて胸に突き刺した。
「て……てめ……」
「カナヤマのお兄ちゃん、ゲームとラノベの話は楽しかったよ。ありがとうね。さようなら」
スルトが小さく何かを呟いて、金山も沼田のようにこの場からかき消された。
でも今回は夕実と明日花にもしっかりと見えてきて、金山はスルトの持つナイフに吸い込まれて消えた。そのナイフは変わった刀身をして、黒くうねりつつ形が定まらないそれは、これまで見たこともない異形のナイフだ。
「ス、スルトお……許さないっ、あんたは絶対に許さないからね!」
「あーあ、ユミおねえちゃんに嫌われちゃったよ。ボク、悲しいなあ」
「ほざくなてめえええっ! 死ねええ!」
ミスリルの大剣を構えた夕実はなりふり構わずにスルトへ特攻をかける。その怒りは並みならぬもので、それを見たスルトは小さく溜息してから突如、夕実のへ向かって目にも止まらないスピードで駆け出す。
スルトに向けて振り下ろされた夕実の剣は虚しく空を切り、夕実の後方に回ったスルトはすでにナイフを夕実の背中に突き刺した。
「ボクもね、ユミおねえちゃんのことが大好きだったよ。いつも抱きしめて一緒に寝てくれてありがとう。ユミおねえちゃん、お幸せにね」
「ぐ、ゴボ……」
返事しようとした夕実の口から零れ出したのは言葉ではなく、それが血反吐であることに明日花は理解した。だが、明日花に目の前に起ってる惨劇を止める力はすでになく、ただそれを見ていることしか残されてない。
夕実がスルトのナイフに吸い込まれた。
明日花も聖女として一応は攻撃魔法も使えるのだけど、攻撃力そのものは勇者の沼田、賢者の金山、戦士の夕実に遠く及ばない。魔王が後ろで控える今、彼女は目の前に立つスルトに対して、復讐できる手立ては何一つ思いつかない。
彼女は憎々しそうにスルトを見つめてる。憎しみだけで人を殺せるのなら、スルトは間違いなく明日花に数万回は殺されたのでしょう。
お疲れさまでした。