説話64 クランマスターは金の棺で終わる
「どきやがれ! そこをどけっつってんだあ!」
クランマスターはミスリルの大剣を振り回すが、ケロべロスは小うるさそうに避けもしないで、ただ地下通路の扉の前に立っているだけ。
クランマスターの攻撃はケロべロスを切り裂くことができず、ケロべロスは逃げようとする彼の前に立ち塞がているだけで、攻撃しようとしない。
クランの中は静かになった。
あれだけの絶叫や救命を求める声はもう聞こえてこない。
自分の執務室へ軽い足音が徐々に近付いてきて、クランマスターは今まで感じたことのない恐怖心に怯えている。
「やあ、一人で逃げるなんてひどいなあ。
群れのボスに相応しくない行動だよ」
「ヒーンっ!」
執務室の開かれた扉に立っている無邪気そうな少年の声に、クランマスターは顔が引きつり、空気を口に吸い込みつつ情けない悲鳴を上げた。
「ヒーンだって。おかしいなあ、どうしてお馬さんになっちゃうのかな?
犬ならワンとかキャンとかだよね」
「助けてくれ! 殺さないでくれ! もう悪さはしねえから、ここから出ていくから殺さないでくれ!」
クランマスターはミスリルの大剣を持ったまま、這いずるようにしてスルトという少年の足元まで行き、土下座してから上ずった声で命乞いする。
「あはっ、群れを死なせて自分が助かるって面白いよね? あはははは」
「助けてくれ……助けてくれ……」
スルトという少年がとても楽しい笑い声をあげてる中、クランマスターは持っているミスリルの大剣の柄にありったけの力を込めて、そのまま振りあげる。
「死ね小僧がっ!」
ミスリルの大剣は少年が右手の手のひらで受け止められた。
クランマスターは血がサーっと引く思いでミスリルの大剣を手放し、今度こそ両手と頭を床に擦り付け、這いつくばるように哀願する。
「助けてくれ、もうこんなマネはしねえから殺さんでくれ。
――そうだ、金ならやる。地下の倉庫に金がたっぷりあるから全部持って行ってくれ!」
「金? 金貨のこと?」
「そうだ、金貨もあるし財宝だってあるぞ。全部お前にやるから命だけは助けてくれ!」
スルトという少年がなにか考え込んでいるようで、クランマスターは一筋の光明を見たように少年に卑しい笑いを見せた。
「金ねえ……
そうだ、いいことを思い付いちゃった!」
「なんだ? 助けてくれるのか?」
「お金が欲しくて色んなことをしてきたでしょう?」
「んあ、ま、まあ……」
クランマスターは少年が言った言葉に理解ができず、相鎚だけはしようと頷いて見せた。
少年はとてもいい笑顔をクランマスターに見せてから、思いついたことを行動で教える。
「えいっ!」
クランマスターはなにが起きたかがわからかったが、周りが金の壁に取り囲まれていることだけは目視することができた。しかも明かりのもとがないのに、この中は不自然に光っている。
『お金がお好きだよね? それはあげるね。』
壁の向こうからスルトという少年の声が聞こえた。
「なんだこれはあああっ!」
『あはっ、お金が好きで人を騙して殺してきたのよね。
だから金に囲まれて死んだら嬉しいじゃないかなあって。ボク、優しいなあ。』
「出せっ! ここから出せ小僧!」
『じゃあね、バーイバーイ。』
金の壁は四方から押し寄せてきて、冷や汗が身体中からふき出してくる。クランマスターはなにが起こるかを理解した。
自分は押しつぶされるんだ、金で。
「やめろー! 出せ早く出せーっ」
スルトという少年からの返事はない。クランマスターは窮屈になっていく金の空間の中で壁を押し戻そうとするが、もちろんなにも起こらない。
「やめろーっ、やめてくれ! あが、ぎがががげぐやめがが――」
クランマスターは全身を走る激痛を感じると共に意識そのものが失われた。
お疲れさまでした。




