説話63 クランマスターは生き地獄を見る
「得物を取ってこい! 召集をかけて一階の広間で迎え撃つ!」
さすがは最大クランを作り上げたクランマスターというべきか、肝が据わっていて動けない部下に素早く命令を下した。こういう場合はとにかく変化が必要、そうでないとこのままやられるだけだ。
武器や防具を装備した120人の冒険者が地下への階段に注意力を向けている。
誰一人、声を出そうとしない。魔法使いはそれぞれ得意の魔法を起動させ、弓使いは矢を弓につがえていた。クランマスターは右手を上げて、攻撃の合図を下そうとしている。
後ろのほうででいつもここに群れる商人や娼婦が何やら騒がしく喚いてるが、甘い汁を吸うことしか考えてないやつらに彼は気をかけない。
階段から足音がしてきた。
先ほど地下にいたスルトという少年が階段を登り切ると、クランマスターは右手を振り下ろす。
敵を待つのは三流以下のすること、彼はいつもそう思ってる。少年だからと言って情けをかけるつもりなどない。
読めない力を持つ敵は早々に倒すことが肝心だ。
矢が、魔法攻撃が、投げナイフがスルトという少年を目かけて飛んでいく。少年は両手を広げてそれらを受けようとクランマスターには見えてた、イカれたガキかこいつはと思った。
だがその少年が両手で拍手するように手を叩くと彼に向かった全ての攻撃が消えた。
いいえ、消し去られたんだとクランマスターは瞬時に理解した。
「犬にはシツケられる犬とシツケられない犬がいるんだ。
シツケられる犬は良い犬になるけど、シツケられない犬はどうなると思う?」
「……」
理解できない事態に誰もが口を閉ざしている中、その少年は笑顔を見せて、ここにいる冒険者たちの末路を宣告した。
「殺すんだよ」
スルトという少年はその場から消えて、違う場所で冒険者だった血飛沫が飛び散っていく。
少年は人間なんかじゃない、見たことも戦ったこともない化け物に冒険者たちは逃げようとした。だが外へ出る扉も日差がをさし込む窓も見えない壁によって閉じ込められ、開口部は開けることも壊すこともできない。
冒険者たちは今、自分たちがここから逃げられないことを知った。
部下たちが次々と殺されていく中、クランマスターは一階にある自分の執務室へ駆けていく。途中ですがってきた娼婦や商人、働いている使用人たちが逃亡の邪魔になったから、クランマスターは持ってるミスリルの大剣で全員を叩き殺した。
――逃げなくちゃ。
クランの壊滅は免れないが、自分が生きていればいつかは再建を果たして見せる。
だからここにいる彼以外の人間はみんな肉盾、いくらでも死んでくれればいい。執務室の中に作らせた逃亡用の地下通路がある。そこを伝っていけば迷宮都市の外へ逃げられるはず。
俺だけは生きるんだとクランマスターは思った。
外の悲鳴が鳴りやまない今、みんなはちゃんと役割を果たしてくれてるとクランマスターは満足そうに笑った。安心して隠蔽された地下通路への扉に手をかける。
扉を開けるとそこには大きな犬型魔物が待ち構えている。
――地獄の番犬ケロべロスだ。
お疲れさまでした。




